おにいちゃんがお外に来てるわ!
帰宅したのはまだ二十時過ぎくらいの時間だったが、俺も可憐も疲れていたせいか、その夜はすぐに寝てしまった。
明けた翌朝、朝食のテーブルで、可憐が新聞を見せてくれた。
「ほら! やっぱりニュースになってますっ」
「そりゃまあ、なるだろうさ……十年続いたコールドスリープだもんなぁ」
確かに扱いはデカい。
しかし、タイミングがいいのか悪いのか知らんが、丁度今は政界で不祥事が相次ぎ、マスコミの皆さんは政府与党を攻撃するので忙しいらしい。
だから、少なくとも一面には載っていなかった。
よくよく読めば、「十年前行方不明」とか「冷凍睡眠か?」とか「少女は無事」とか、注目キーワード満載なんだが。
ただ、俺が一番知りたかった「なんで親父は、娘をコールドスリープにかけたのか?」という理由については、「父親は離婚騒動で参っていて、娘を渡したくないあまり、実験をかねたコールドスリープを強行したらしい」としか書いてなかった。
おい……それマジか? つか、そんな理由ありか?
そして、改めて俺が「おっ」と思ったのは、「現在、少女(匿名扱い)は目覚めており、話もできる状態」とあったことだ。
おおっ、これはもしかして、思ったより早く面会可能かも?
そう考えた俺は、早速立ち上がり、「ちょっと出てくる」と可憐に告げた。
「え、どこへ行くんですか?」
……そんなこと訊くか、おい。
まあ、考えてみれば、俺がどこかへ行こうとすると、必ず行き先を尋ねるのがこいつなんだが。
「いやほら、おまえと二人でどっか遊びに行こうって話をしただろ? だから、散歩がてら、行き先をボチボチ考えようかと」
「まあ!」
途端に可憐の不機嫌そうな顔が、花が咲いたように微笑みで満たされた。
「そ、そうですね……行き先くらいは早めに決めた方がいいかもしれませんね」
左頬に手をあてて、そんな風に言ってくれた。顔がほんのり赤かったりして。そんな楽しみにしてくれてたのか。
うう……なんか、心が痛むな。
すまぬ! 妹よ、許せ。行き先については本当に考えるから。
今はまあ、病院へ行くとまで、言わなかっただけだ。相変わらず俺の言い訳はセコいな、しかし。
あの子が運ばれた病院は、高原の家が経営に関わっている大きな病院なので、見知らぬ誰かが簡単に潜り込める場所ではない。
バスに乗って近くまで行き、そこから歩いて到着した病院を見れば、なおさらそう思う。
馬鹿みたいに広くてデカいくせに、ガードマンも一杯でやんの。
こっそり会いに行くというのは、さすがに甘かったようだ。
「よし、ならば、正面突破を試す!」
俺は決意し、ずんずん歩いて病院内へ入り、受付を目指した。
制服姿のおねーさんが五名もいたが、そのうちの、一番優しそうな人に切り出す。
「あのー……俺、高原本家の純ってヤツの友人なんですが、実はそいつに『救い出された少女の面会に行ってやれよ!』と言われまして――」
勝手に友人の名を出して悪いが、なにせここは高原の家が出資しているし、もしかしたら? くらいのつもりで試したのだが。
驚いたことにおねーさんは、俺が全部言わないうちに、大きく頷いたではないか。
「はいはい、お話は伺っています。樹啓治さんですよね? お見舞いに来たらお通しするよう、受け賜っています」
「えっ」
自分で申し出ておいて、自分で驚いたら世話ないが――ああそうか、高原が先に連絡入れてくれたのかっ。あいつ金持ちの割に、相変わらず細かい気配りをしてくれるっ。
心の中で密かに友人に礼を述べつつ、俺はローソンの袋を下げて、教えられた部屋へ向かった。
というか、子供だし土産は駄菓子という発想、ちょっとまずかったな。
ちなみに、発見された事情については、高原が「俺が上手く言い含めておく」と言ってくれたので、心配はしてないが……でも俺、ちゃんとした肉体があるあの子と会うのは、初めてなのだなあ。
おかっぱ頭の可愛い子だったが、こんな気安く来てもよかったんだろうか。
念のためにまた糸を確認したが……まあ、昨日の空港で見た時よりは、ちゃんとなっている。問題の部屋は五階の個室だったが、「面会謝絶」の札がかかっているな。
だが、俺は許可されたんだから、いいはず。
そう思い、いざ深呼吸してノックしようとすると――。
「ママ、ママっ。おにいちゃんがお外に来てるわ!」
部屋の中から声がしたっ。さすが、(多分)超能力少女! 先に気付かれたぞ。
ていうか、離婚騒動のママンも来てるのかっ。そ、そりゃそうか。
ああでも、にわかに緊張してきたっ。
俺がいきなり焦り始めた途端、先にドアが開いた。