三人目の赤い糸
翌朝から夕方にかけて、俺達にとっては割とハードだった。
というのも、警察は「あそこにコールドスリープの機械があると、なぜわかったのか?」という部分に、かなり固執したからだ。
俺――というか俺達は高原の事前の勧めに従い、こっそり口裏を合わせた。
余計なことはなにも言わず、ただ「雷の音が鳴って遠くに火花が散ったのが見えたので、心配になって様子を見に行ったら、廃墟の地下に水が溜まってるのを見つけ云々」という、当たり障りのない証言で最後まで通した。
俺も、「夢で会った」とか「幽体離脱で」とかの、「ぜってー信じてもらえない」的な要因は全て廃し、偶然見つけた的な証言に切り替えた。
まあいずれにしても、まだ十代の俺達が、十年前の事件に関係しているわけはないので、さすがに警察も途中で聞き取りをやめてくれたけど。
警察や新聞記者もだが――他にも、高原の叔父さんと、新たに到着した高原一族の偉い人達で島は満杯になり、俺達はにわかに騒々しくなった島を後にし、帰路についた。
いやぁ、こうなると知ってたら、もう少し泳ぎたかったな。
まあ、それは妹の可憐と新たに遊びに行った時にでも――。
……などと思いつつ、その時の俺は、八丈島空港のターミナル待合室で、ぼけーっとしていた。
今はたまたま、可憐を始めとして他の知人や友人はみんな売店の方に行ってて、休んでいるのは俺だけだった。
そういうこともあって、俺は久しぶりに「ふんぬっ」とばかりに気合いを入れて、赤い糸を確かめてみた。
別になにか予感がしたとか、必要に迫られてとか、そういうつもりではない。
ただホントに、久しぶりなので試してみたかった――それだけだ。
しかし……すぐさま空間に糸が見えたのはいいが、なんと、その糸が増えている!
二本から三本へと!?
「えぇえええええっ」
大声を出しかけ、俺は慌てて口元を押さえる。
幸い、聞いている者はいなかったので、よくよく確かめてみた。
きらきらと健康的に輝く二本の糸……これはもう、目で追えば一発でわかる。絵里香ちゃんと妹の可憐の方へ伸びていた。
縁はまだ切れていないし、別に好感度も下がっていないわけだ。
しかし、新たに見えた一本……なんかもう、「おいおい、向こう側が透けて見えますがなっ」と言いたくなるような、細くて頼りない糸は、その辺に該当者がいない。
試しに立ち上がって糸の後を追ったが、途中で待合室を抜けて、おそらく海の向こうへと続いていた。
「だ、誰だ? 誰と縁を結んだんだ、俺?」
……て、いやよく考えたら、そんなの一人しかいない。
あの冷凍睡眠の子だ!
なぜか俺は、あの子と縁ができちまったらしい! 向こうはまだ十歳くらいなのにっ。
て、でも十年前の年だから、今は二十歳なのか? しかしこういう場合、寝てた分もカウントするのだろうか。
「いやいや、それよりっ」
席に戻った俺は、そこで頭を掻きむしる。
この糸、見るからに危なっかしいぞ。今にも空気に溶け込んで消えそうだっ。
「はい、にいさん」
ふいに可憐の声がして、横から烏龍茶の缶を出された。
「あ、買ってきてくれたのか?」
「え、ええ……まあ、ついでですし」
「そうか。悪いな」
プルトップを開けてごくりと一口飲み、俺はさりげなく可憐に尋ねる。
こいつ、ここへ来る前にあの子の噂をしてたからな。
「そういや、あの冷凍睡眠の子、今日の昼頃、確か東京の病院へ移されたんだって?」
「島を出る前に、そんな話してましたね、ええ」
可憐はこくこく頷く。
「高原さんの叔父さまが、ちらっとそんなことを――」
そこでふと話すのをやめ、可憐は俺を胡散臭そうに睨んだ。
「なんだよ、急に嫌な目つきしてからに」
「いえ……兄さんはやけにあの子を気にしますけど、もしかして、す、好きなんですかっ」
「ええええええっ」
この「ええええっ」は「おまえ、もう嫉妬してんのっ」という「ええええっ」だったのだが、俺が声に出した途端、いきなり席の後ろから誰かに首筋に抱きつかれ、「どうなんですかーーーっ」とふざけた調子の声で言われた。
こ、この香りは紛れもなく絵里香ちゃんっ。
振り返れば、やはり彼女で、悪戯っぽく笑っていた。
「でも、あたしもちょっと気になるなあ」
呟いたそのセリフは、かなり本気そうに聞こえた。
「相手は十歳くらいだろ? 年齢合わないし」
「でもにいさんは、そんなの気にしない方ですよね?」
やけに低い声で可憐が言い返す。
……こいつ、本当の本気で嫉妬し始めたぞ、おい。
まだほとんど縁もないのに、今からそんな――いや待て、そういや、いつのまにか赤い糸が結ばれてたな。
あの子が面会できるようになったら、こそっと見舞いに行こう……俺はこっそり決心した。