見える、見えるぞっ。
愚痴はさておき、俺は眠る直前までいろいろと、赤い糸を調べてみた。
……どうもこの赤い糸、手で触れることもできるが、はっきりした感触はない。指で引っかけて動かすことが可能なくせに、不思議である。
さらに、引っ張ってどんどんたぐり寄せることもできるが、手元に糸の束が出来ていくのみで、別にどれだけ伸ばそうと、それが原因で切れたりはしないようだ。
試しにハサミで切断しようとしたが、刃が糸を素通りして切れないという……指はオーケーで、ハサミは駄目らしい。
まあ、本当にハサミでぶちっと切れても困るけど!
そして、手を放すとゆっくりと適度な長さに戻ってしまう……なんか不思議だが、俺と妹との間にこれが見えて、果たして役に立つのか疑問である。
よい方へ考えれば、「やはり可憐は俺が好きなんだっ。妹改造計画はジャンジャンバリバリ続行!」という、俺のやる気の補強くらいにはなるか。
その夜はそう思って納得し、暗闇に光る糸を眺めつつ、安らかな気分で眠りについた。
翌朝、可憐の怒りはだいぶ沈静化していたが、少し具合が悪そうだった。
どうせこいつのことだから、考えすぎてまた体調崩したんだろう……幼少の頃から身体が弱い方なので、いつものこととも言える。
「今日はもう、休んだら?」
朝食の席で意見してやったが、可憐は首を振った。
「昨日も休んで図書館に行きましたから、今日はもう休めません……お友達も心配しますし」
「そうか、まあ無理しないようにな」
明るい声で言ってやったのに、「そもそも、にいさんが悪いんですから」っと俺に文句言いやがる。根に持ちすぎだろ、たかがヘア○のことでからかったくらいで。
呆れた顔したら、さらにレーザーみたいなきっつい視線で睨まれた。
そのまま、簡易コルセット付きの、珍しいデザインのセーラー服姿で立ち上がり、キッチンを出ようとする。
俺は、思わず呼び止めた。
「なあ、ちょっとこっち来てみ」
「……また、わたしに触る気ですね?」
切れ長の瞳が、警戒度マックスで俺を見返す……すげー胡散臭い目つきで。
おい……俺は、駅のエスカレーターに出没するような、痴漢かっ。
そういやこいつはここ数年くらい、俺に触れられると、ヤケに警戒するが……失礼な。
「いや、単に肩を叩いて『無理すんなよ』と言いたかっただけなんだが」
本当は、また髪を撫でるつもりだったけどな。
こいつの髪、シャンプーのCMに出てきそうな長さと光沢で、触るとなんとも言えぬ感触がして気分いいのだな、また!
密かにそう思っていると、むすっとしたままで可憐が首を振る。
「遠慮します。わたし、駄目なんです……にいさんに触られると、もう本当に駄目になってしまうんです。とんでもないです」
「んな、バイオハザードな人物に対するような言い方せんでもー」
「そういうわけじゃなく――」
じれったそうに眉根をよせ、しかし途中で息を吐いた。
「言いかけたら、吐き出しちまえって」
「いえ、もういいです。にいさんも、のんびりと牛みたいに食べてないで、そろそろ出ないと、遅刻しますよ」
「誰が牛だっ」
言い返している間に、可憐はぷいっと出て行っちまった。
思わずむっとして、俺が気合いを入れて自分の右手を見ると……俺の小指とあいつの小指はやっぱり赤い糸で結ばれているのだなあ。
頬の数字も減ってないし。本当なのかね、この数字と糸。
全部俺の妄想が見せているとかなら、がっかりだが。
いや待て……そういや、日記という唯一の証拠があったな。
よし! もう時間ないから今は控えるが、今日も早めに帰宅して、日記を見てやろうっ。
「覗き見の罪悪感? んなもんは、母親の腹に忘れてきたねっ」
あえて声に出し、自分を鼓舞した。
だいたい、二発張り倒された分は、貸しになってるはずだっ。
とうわけで、帰宅後のそれだけを楽しみに、俺は残った野菜炒めを掻き込んだ。
……ところが、マンションを出てのんびりと歩き出した俺は、駅に着く前に妙な抵抗を感じた。
誰かに触られた気がして立ち止まったが、あいにく周囲を歩くのは、通勤中のサラリーマンの皆さんだけである。
だが、そこで俺は思い出した。
「――っ! もしかしてっ」
右手を上げて、「ふんっ」とばかりに気合いを入れて凝視すると、小指に第二の赤い糸が見えるじゃないかっ。
見える、見えるぞっ。
あ、赤い糸が、マジで二本絡まってるっ!?
可憐と繋がってる糸以外に、他へ伸びてる糸が、うっすらとっ。
「えぇええええっ」
思わず妙な声が出て、お陰で周囲から気味悪そうに見られちまった。