い、いじわる言わないでください
動き出した瞬間のみ、びくっと可憐が動いたが、気になったのはそれくらいで、後は身を固くしてじっとしていた。
しかし……正直、そこから先は、可憐はもちろん、俺もちょっとぶるっていた。
下から見るととてつもない高さに見えたこのジェットコースターだが、いざ自分が乗ると、有り得ないほどちゃちく見えるレールと、ライド(乗り者)付属の安全バーにのみ命を託している自分が、信じ難い馬鹿に思えてならない。
「高い高い、ちょっと高い。うわー」
じわじわと百メートル近い高見へ運んでいくライドに、俺は思わず声が出た。
先頭の絵里香ちゃんは楽しそうに笑っていて、これはまあ、彼女らしい。
しかし、俺ですらちょっと……いやかなり不安なのに、可憐は大丈夫か?
……そう思って横を見ると、既に石像のように固まっていた。
こりゃ、リラックスしろとか言っても無理だな。それに、今や俺も緊張してる。
そして、ガタゴトとレールを上っていたライドが、ついに頂点に達した途端、俺達は見る。滝壺の上から下を覗き込むような急角度な落差を。
「うふふふっ」
絵里香ちゃんは相変わらず笑ってるが、俺はもうそんな余裕ない!
そして――ついに身も蓋もなく、俺達は奈落の底へと落ちていった。
「ててててっ。うあああああっ」
「いやあああああああああっ」
ああ、兄妹二人して悲鳴上げてしまった。
恥ずかしすぎるっ。
でもまあ、俺は一度で済んだが、ライドが超スピードでぐるんぐるん回転して突進する間、可憐は叫び続けだった。
しかも、硬く目を閉じているしなっ。
「ああああ、楽しいっ」
「おにいさまぁああああああっ」
絵里香ちゃんの声と可憐の声が重なったが。
……いま可憐のやつ、幼女の頃みたいに「おにいさまっ」と叫んだな……声が、長く尾を引いていたけど。
ぎょっとしたのか、絵里香ちゃんの笑い声まで止んだほどだ。
ようやくスタート地点に戻った時には、俺ですら視界がぐるぐるしてたし、可憐に至っては再生紙みたいな顔色になっていた。
俺が手を貸して、ようやくライドから降りられたほどだ。
「あたし、もう一度乗るけど、啓治君は妹さんと一緒にいてあげてね」
絵里香ちゃんのみ、ぴんぴんしてて、むしろまた乗るという。
「わかったよ。どのみち可憐は、少し休ませてあげないと」
――それに、俺もな!
俺は身体の芯が溶けたようにグニャグニャになっている可憐に肩を貸してやったが、ほとんど引きずるような案配になったため、やむなくお姫様抱っこで運んでやった。
やー、何年ぶりだろうな、こうして抱いてやるの……と思ったけど、最近熱で倒れている時にも同じことしたっけか。
珍しく文句を言わずに素直に抱かれている可憐と二人で、俺は園内隅っこの休憩コーナーまで行き、そこのベンチに寝かせてやった。
ちょっとスペースが余ったので、俺も可憐の頭の横に座る。
うわー、足がちょっとガクガクする。
生まれてから二回目のジェットコースターは、想像以上に効いた。
正直、俺は昔みたいに平気で乗れなくなってるようだ。
「悪かったな、あんなとんでもないのに付き合わせて」
呼吸の荒い可憐に謝る。
「いえ……わたしが意地を張ったのがいけなかったんです……乗る前から自分に向いてないのはわかっていたのに」
「まあでも、そういう時もあるさ。乗ったことなかったなら、なおさら。俺も昔ほど平気ってわけじゃなかった。男のくせに、思わず悲鳴出たし」
今なら大丈夫かと思って、可憐の額にそっと手を載せる。
少し震えたけど、拒絶はされなかった。
「遊園地回るのはよして、今日はもう城ホテルで休むか?」
「いえ、大丈夫です……しばらく休めば。ただ――」
「ただ、どうした?」
「ゆ、遊園地はこのくらいにして、泳ぎにいきませんか……実は他の人の前で水着になるのは恥ずかしいので、できれば兄さんと」
「あー、いいね」
俺は大きく頷いて破顔した。
「せっかく来たんだし、泳がないとな。――それにしても」
俺は我慢できずに、小声で尋ねた。
「さっきみたいに、『おにいさま』と昔の呼び方するのはやめか?」
途端に、可憐の顔がぼっと赤くなり、可憐は両手で顔を覆ってしまった。
「い、いじわる言わないでください……」
消え入りそうな声で言われてしまった。