最後のチャンスだぞ? ホントに乗るか?
俺はもちろん、絵里香ちゃんもやんわりと、「無理して乗らない方がいいよ」と忠告してるのに、俺達が説得すればするほど、可憐は意地になっていくようだった。
まあでも……こいつが、かつて一度もジェットコースターに乗ったことがないのは確かなので、俺も一縷の望みをかけ、可憐の適性に期待することにした。
本人の申告通り、意外と好みって可能性も、そりゃあるもんな。
……幼少の頃、遊園地で始めてジェットコースターが爆走しているのを見て、「にーたまぁあああ」と俺に飛びついてきて、わんわん泣いた記憶があるのが、イマイチ不安だが。
ともあれ、食事を終えた俺達は、「予定通り探検に行く」という高原に別れを告げ、三人でレストランの裏手に回る。
ちょうどそこが、短いロープウェイのスタート地点だからだ。
丘の上までちゃんと小道もついているが、ロープウェイなら楽ちんという……どこまで贅沢なのか底が知れないリゾートである。
大きな屋根付きの駅舎みたいな場所への階段を上がると、そこが客車の待つスタート地点である。ちゃんと係員の人も待機しているしな。
……それどころか、工藤と鈴木もちょうどロープウェイに乗るところだったりして。
「おはよう!」
「両手に花かよ、おいっ」
鈴木が快活に手を上げ、工藤が冗談交じりに野次る。
「おまえらも遊園地?」
「まぁね。せっかくあるんだし、楽しまないと」
「だよなあ。午後からは、海で泳ぐ予定だし。ケージ達は?」
どやどやと客車に乗り込みつつ、工藤が訊く。
「最初にジェットコースターに挑戦して、あとはちょっと他の乗り物も冷やかそうかと……工藤達は苦手だったよな?」
「僕は無理だねぇ……残念ながら。前にどっかで乗った時は、悲鳴出そうになったし」
「右に同じく。ここのは特にキツそうだしな。途中でゲロ吐いて、上から撒き散らすのが関の山だわい」
二人して情けないことを言う連中である。
絵里香ちゃんは苦笑して、「意外とジェットコースター苦手な人、多いのねぇ」と感想を述べていた。まあ、俺も一度しか乗ってないけど。
ちなみに、大の男二人が真っ正直に白旗振るの見て、可憐が思いっきり不安そうな表情を見せてるしな。
特にキツそうという感想に、敏感に反応してたしな。
客車がいよいよ動き出してから、俺は可憐にだけ聞こえるように囁いてやった。
「本当に無理なら、遠慮していいんだぞ? 奴らだって無理だって言ってることだし」
「わ、わたしは大丈夫ですしっ」
……相変わらず、つっかえとるしな。
久しぶりに気合いを入れて赤い糸を見ると、なんか色が薄くなって糸自体が震えてるんだが。
本当に大丈夫だろうな、こいつ。
この乗り物だと、ほんと、丘の上まですぐだった。
ロープウェイの降り場が、すぐ入り口の隣である。
本来、入り口で金取るのが普通なんだけど、今回の俺達は招待客なので、堂々のロハだ。いやぁ、無料で遊園地の乗り物乗り放題とか、生きてる間にもうない気がするな。
一部を除いた全員が、期待感でニヤけつつ、入り口を顔パスで通っていく。
パンツルック(下着じゃなくてズボン)の絵里香ちゃんが、早速、水色の巨大な遊具を指差す。
「あれかしら? そばで見ると大迫力ね」
「……ひっ」
今、微かに可憐が悲鳴を上げたぁ!
いやホント、間近で見ると、こりゃ凄いわ。こんな孤島のてっぺんに遊園地あるだけでも謎なのに、なにこの本格的な連続宙返りコースっ。
「看板に、最高高度と途中の最高速度は、日本のトップファイブに入りますって書いてるわよ」
絵里香ちゃんが期待に充ち満ちて指差す。
「ホントだ、金持ちのやることはすげー。こんな孤島にそんなの作るかっ」
でも多分、煽り文句は嘘じゃないだろうな。遊園地内の外周全部使って、コースが組まれてるし。おまけに上を見上げれば、螺旋状に回転するコースが何カ所もっ。
「いやぁ、めでたい! ようやくテスト走行以外で、初めての一般人さんだっ」
入り口にいた係員のおじさんが、やたらと嬉しそうに破顔した。
「わ、わたし達、初めてのお客さんですかっ」
可憐がバンジージャンプ三秒前みたいな顔色で、尋ねた。
「そうですよ、お嬢さん。本当の意味でのお客さんは、まさに貴方たちが始めてですねぇ。今になってから重要な設計上のミスがあって、乗り物ごとコースアウトしたりして。はははっ」
完全にギャグで言ったんだろうが、可憐本人はすかさずコースアウトして吹っ飛ぶ自分を想像したらしく、たちまち口元を押さえた。
「いやおまえ、今から吐くなよ。最後のチャンスだぞ? ホントに乗るか?」
「の、乗るったら乗るんですぅうう」
……ヤケになっとるしな。
「あたしは先頭で一人で乗るから、可憐ちゃんはお兄さんと二人で座るといいわよ」
親切な絵里香ちゃんがそう告げ、さすがに可憐も頷いた。
「あ、ありがとうございます。助かります」
他に客がいないので、たちまち三人がライド(乗り物本体)に乗り込んで座る。
可憐は、係員さんの三倍熱心に、安全バーの固定具合を確かめていた。
だが、その途中で、無情にも係員さんの陽気な声が響く。
「では、ご無事でぇ~」
笑えない掛け声と共に、とうとうガクッと動き出した。