薫の大変身
引き延ばされたゴムが戻るように、一瞬で城内の部屋に戻った俺は、その後はすぐに眠りについた。
とりあえず、あの女の子がゴーストじゃないとわかったので、安堵して気が抜けたせいだろう。
よく考えたらいろいろ謎のままだが、それはまた次の夜に聞けばいいだろうということで。
翌日、少し遅めに目覚めた俺は、洗顔を済ませて部屋を出たのだが……同じく三つか四つ向こうの部屋のドアが開き、謎の少女が出て来た。
ミニスカートとTシャツという姿だが、長い黒髪がやたらと美しく、しかもすらっとした体格で誰もが振り返りそうな子だった。
こんな子いたっけか? と思いながら廊下を進むと、なぜかその子が立ち止まり、俺を見た。
「あら? 貴方もこれから朝食かしら」
「……へっ」
なんか聞き覚えのある声に眉をひそめ、次の瞬間、俺はようやく気付いた。
「もしかして、妹の薫――さん?」
「薫でいいわよ、薫で。一応、貴方の方が年上なのだし」
くすっと微笑む。
いやいやいやっ、ちょっと待て。
確かに俺は昨日相談を受けた時、「もう少し普通の少女っぽく振る舞った方が、あいつは喜ぶ気がするぞ」と教えてやった。
それにしても、一晩でこんな変わるかぁ?
「金髪だった髪とか、どうしたんだよ?」
「あれは元々ウィッグだし。あたし、気分によってウィッグ変えてただけ」
あっさり言われて、俺は度肝を抜かれた。
ウィッグというと、カツラみたいなアレか? 全然気付かんかった。
どうりで派手な縦ロール髪だったはずだ。
度肝を抜かれた俺と薫は、なんとなく二人で歩き出したが、一階のレストランへ向かう途中、薫がポツンと言った。
「……相談に乗ってもらって、か、感謝してるわ」
つっかえとるしな。
よほど人に礼を言うことに、慣れてないらしい。
「いいさ。兄貴のあいつと、上手く行くといいな?」
「そうね……昨日、お兄様と少し話したけど、『あいつに礼を言っとけよ』なんて、笑顔で言われちゃった」
「黙っていればいいのに」
「いえ、どうせお礼は言うつもりだったから」
いつもに似ず、柔らかく言うと、レストランの手前で薫は俺を見た。
「貴方も、妹さんと上手くいくといいわね。それとも、あのキリッとした女性が好み?」
こ、こいつぅ、俺の意表をつくとは、なかなか生意気な。
とはいえ、図星だったので、正直に答えた。
「まあ、俺自身が二人とも好きっていう厚かましい状態なんで。ちゃんとどっちか決めないと駄目だろうな」
「それはそうでしょう」
またくすっと感じよく笑い、その後はレストランで別れた。
早速、並んだビュッフェから好きなものを選ぼうとしたところ、後ろからちょいちょいと指でつつかれた。
振り向くと――おお、可憐だった。
「おー、おはよう……て、もしかして、俺達の後ろにいた?」
「ま、まさかっ」
つっかえとるしな。
「そ、そんなわけありませんっ。偶然ですよ」
おまけに、目が泳いだ。
「それより、お二人の会話が微かに聞こえましたけど、好みがどうというのは、なんの話なんですか?」
一瞬、ぎくっとしたね!
でも、本当に全部聞かれていたら、こいつ絶対、もっとむかむかした顔してるだろうしな。おそらく本当に断片だけだろ、聞こえたのは。
「いや、それはまあ、あの薫の話だ。前に言わなかったか? あの子、兄貴が好きなんだって」
「それは聞きました。普段の態度からも、よくわかります」
「だろ? まあ薫のことは置いて、後で遊園地行くか? せっかく、あるんだし」
「い、いいですけど……ジェットコースターは嫌ですよ!」
まさにジェットコースター乗ろうと思ってたのに、釘を刺されちまった。