あたしね、啓治君が好き
予定通り、食事後は一旦部屋に戻ってから、着替えを持って外の風呂へ行くことにした。
廊下でそれぞれの部屋に別れる時、可憐も誘ってみたのだが……「きょ、兄妹二人でお風呂に行くって、ちょっと人目が気になりません?」などと困ったように言うので、それならということで、とっとと一人で部屋を出た。
城ホテルの裏口を出ると屋根付きの歩道があり、それがそのまま温泉施設に続いている。
いやぁ中も広いし、ここが孤島とか、信じられないわな。
おまけに、男湯には俺一人ときた。
工藤達は食い過ぎでひっくり返ってるのかもだが、もしかして、高原は一人で廃墟に探索に行ったかな? あいつらな十分、あり得るんだが。
などと……石造りの浴槽で両手を伸ばして浸かっていると、隣の女湯で引き戸を開ける音がして、微妙に人が動く気配がした。
なんとなく耳を済ませてしまう俺である。
いや、それどころか、少しずつそっちの方へ近寄ったりしてな。
まあ、どうせ仕切りがあるから、ある程度以上は近づけないが。
思い出して右手を見て気合いを入れると、赤い糸がばっちり隣に伸びている……これはおそらく、絵里香ちゃんだなあ。
スレンダー美女の……でも出るところはばっちり出てる彼女が隣で全裸だと思うと、なかなか緊張したりして。
などとニヤけていたら、いきなり頭に何か当たった。
「いたっ」
思わず頭を押さえると、転がったケロリン印の黄色い湯桶が、ぽちゃっと湯船に落ちた。
「わっ、ばっちり当たっちゃった?」
「あ、当たった、当たりましたっ。俺、別に覗いてないけどっ」
「わかってるわ」
竹を編んだ薄い壁の向こうから、絵里香ちゃんのくすくす笑いがした。
「なんとなーく、この障壁のすぐ向こうにいそうな気がして、試しに勘で投げてみたの」
「ひでーなー」
俺はわざと怒った振りをして、湯桶を投げ返してやる。
「ねえ、声を出す前から、あたしだとわかった?」
「まぁね……ほら、糸があるから」
隣もどうせ絵里香ちゃんだけだろうから、俺は正直に答えた。
「そうね、そうだったわね」
なぜか嬉しそうな声がしたかと思うと、絵里香ちゃんは妙にしんみりと言う。
「あたしも、その糸が見たいわ」
「いやぁ……普段はむしろ見えないようにしてるんだけど」
顔が見えない気安さで、俺はこれも正直に言った。
「ずっと見えてたら、妙に気になってね。……最初絵里香ちゃんのが見えた時は、随分と糸が細くて、今にも消えそうだった。どこか具合でも悪かった?」
……踏み込み過ぎたのか、しばらく返事が途切れた。
だが、やがて静かな声で答えてくれた。
「身体はなんともないけど、向こうの学校じゃ、どうしても人付き合いが上手くいかなくて。今回戻って来たのは、これまれで唯一仲良くなれた啓治君に、無性に会いたくなったからなの。無事に会えて嬉しいわ。これも運命なのかしらね」
「う……なんかそう言われると照れるな」
ああ、俺は可憐の糸も見えてることを、教えるべきなのか?
しかし、特に可憐となにかあったわけじゃないし、素直にぺらぺらしゃべるのがいいことだとも、思えないよな。
「今ね、ちょうど誰もいないから、正直に言っておくわ」
再び絵里香ちゃんの声がした。
ただし、なんとなく囁き声に等しい小さな声だった。
この薄い壁のすぐそばにいなきゃ、聞こえないところだ。
「あたしね、啓治君が好き……ずっと昔の、最初に会った頃から」
「ええっ」
「……そんな驚くこと?」
「いやぁ、そりゃもう」
実際、震えるほど感動していたのは事実だ。なぜか可憐の顔が浮かんだのも事実だが。
ただ、そこで丁度、高原が勢いよく入ってきて、この時の会話はそれきりだった。
「おっと」
俺を見て何かを察したらしい高原は、浴槽に入る前に首を傾げた。
「ひょっとして、邪魔したか? なんななら、もうしばらく後で来るが?」
「いやいや、いいよ……入れよ、風邪ひくぞ」
やむなく俺はそう告げたが、ちょっとほっとしていたかもしれない。
俺も絵里香ちゃんが好きなんだが、正直に告白していいやら、迷うからな。絵里香ちゃんは好きだけど、可憐も好きという……かなりふざけた本音なのだ、俺的には。
そう簡単に決められるものなら、苦労するものか。
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タイトルはほぼ変わらずで、1話目も変わりません。
【連載版】転生した元魔王、女子率激高の「対異世界戦闘学園」にスカウトされる
↑ですが、今晩中にもう1話か2話、続きをアップします。
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