今晩は風呂入ってゆっくりするよ
幽霊話を熱心に聞いてたのは、正味高原本人と、その叔父さんくらいだったので、俺はいい加減で話を切り上げ、早めの夕食を摂ることにした。
あの謎の黒髪幼女については、俺の未完成の奥の手であるところの、幽体離脱でこそっと会えないかと考えている。
まあ、そう上手くいくとは思えないが、実際に足を運ぼうとすると、反対が多いからな。
それに、マジでゴーストだったら、さすがに怖いし。
それは置いて。
ここの城ホテルは、レストランが別棟にあり、豪華なビュッフェ形式で好きなものが食べられるようだ。
泊まり客が俺達だけだというのに、これでは赤字まっしぐらだろう。
しかし、遠慮したところで今更食材がどうにかなるわけでもなし、俺達は無論、有り難く頂いた。
工藤達なんか、「うわっ、寿司をその場で握ってくれる!」とか「天ぷらもその場で揚げてくれるっ」とか、いちいち声に出して感激していた。
高原やその妹は慣れたものだったが、俺達みたいな身分なら、そりゃはしゃぐよな。
俺だって、腹に詰め込めるだけ詰め込んだし。
しかも、食事の半ばで、専属のピアニスト? みたいな女性がクラシックを弾いてくれて、生まれてからこっち、味わったことがないようなハイソな気分になったね!
「そういや、温泉設備も同じ別棟にあるらしい。後から風呂に入るかねー」
俺はよい気分で呟く。
「お、おまえ、こんだけ食べた後、よくまだ動ける気になるな」
「……どれだけ胃袋大きいのさ」
横のテーブルから、工藤と鈴木がいらんことを言ってくれた。
「俺はちゃんと加減して食ってるから全然大丈夫――」
言いかけた時、なぜか従業員の一人が息せき切ってレストランに飛び込んで来た。
「うん? どうしたのかな?」
高原の叔父さんが立ち上がると、たちまち駆け寄ってなにやらひそひそやっている。
叔父さんの方は最後に大きなため息をついて、その人に頷いた。
「わかった。もう今更どうにもならないから、別に手を打つ必要はないよ」
そんなことを申し渡した後、高原の妹である薫のテーブルへ行き、姪っ子に話しかけた。
なぜか高原も立ち上がり、叔父さんの方へ足を運び、三人でひそひそやっていた。
俺達がさりげない顔で耳を済ませたところ、「……逃げたらしく……既に船は……後で口止めだけ頼む」などの、ぶつ切りの声が聞こえた。
「もしかして、ホストみたいな彼ら、全員逃げた?」
絵里香ちゃんが、ずばり指摘した。
随分と愉快そうな顔で!
「多分、実際に見ちゃったんじゃないかしらね」
遠慮なく感想を洩らし、苦笑する。
「や、やっぱりあの女の子を見たのでしょうか?」
可憐まで俺に訊く。
「いや、どうだろうな?」
俺は肩をすくめた。
まあ、「本当に見てたまげたら、面白い」くらいは考えたけど、よもやマジで出会うとは考えもしなかった。
「ひえー。俺は絶対、そんな廃墟に近付かんぞ。なあ?」
「言われるまでもないよっ」
工藤達が頷き合っているところへ、ニヤけた顔の高原が来て、教えてくれた。
「だいたい察したと思うが、なよっとした三人組は、見事にトンヅラした。ちょうど、俺達の乗ってきた船が八丈島に戻るところでな、あれに飛び乗るようにして逃げたらしい」
「……おまえの妹になにも言わず?」
「そう。それどころか、着替えも全部置いたままだ。呆れ果てた連中だな。首の代わりに、城門にパンツでも晒すか」
「いや、野郎のパンツなんか見たくないって」
俺がそっと薫の方を見ると、彼女は額に青筋立てて、電話中だった。
多分、電話で呼び出して叱責しようってんだろう……今更、無駄だと思うが。
「しかし、これでいよいよ廃墟の探索が必要となってきたなあ。頻繁に出るってことは、それだけそこが重要だからだろうしな」
ポケットに手を突っ込んだまま、高原が意味ありげに俺を見る。
「兄さんを連れていかないでくださいねっ」
意外にも、妹が高原に厳命した。
「実際に出るとわかっているのに行くなんて、無茶ですっ」
「……可憐は、お兄様大事っ子だなあ」
「なんの話ですかっ」
高原の冗談に、たちまち赤くなってるしな。
まあどのみち俺は、奥の手でなんとかするつもりなんだが。
……それもあって、俺はその場では「とりあえず、今晩は風呂入ってゆっくりするよ。まだ初日なんだし」と宣言しておいた。
まさかと思うが、深夜から高原に同行要請されたら、たまらん。
短編で、「転生した元魔王、女子率激高の特殊学園にスカウトされる」という、内容が丸わかりの小説をアップしています。
短いので、興味のある方はよろしくお願いします。