その挑発、あえて乗ろうじゃないか、君!
「ええっ!?」
本当は見たくなかったんだろうが、思わず反応したらしい。
窓から見下ろしていた子が、身を翻して姿を消す場面を、おそらく可憐も見てしまったようだ。
息を呑むような気配がして、ますます俺にしがみついてきた。
「おまえも見たか、可憐?」
「だ、誰かが引っ込んで、長い髪が舞うのが見えた……気がします」
「俺だけ見たわけじゃないなら、実際にいたんだろう! よし、今からちょっと」
「だ、駄目駄目っ」
途端に可憐が、俺を拘束するような勢いで、全身でしがみつく。
「よく考えてください、兄さん! さっき見えたような小さな女の子が、一人で三階の窓から見下ろしていたって、本当にあると思います?」
「いや、でも事実おまえと俺が見たわけで」
「だ・か・ら・それは幽霊さんじゃないんですかーーーーっ」
なんでわからないのっ、という強い言い方で可憐が反論する。
「えぇええええ。でも俺、あの子は普通に生きてる子だと思うんだけど」
「有り得ないです、そんなのっ。だって、ご飯とかどうしているんですかっ」
「ぬうう、まあそれは確かに説明つかないな」
「も、戻りましょう、兄さん。どうしてもというのなら、もっと大勢で来るべきですっ。それに、そろそろ陽も落ちてきましたっ」
俺としては提案を無視して、一人でも様子を見たかったのだが。
怯えきっている妹を置いていくわけにもいかない。
そんなことしたら、一生恨まれそうだしな。
それに……あの子が生きている女の子だとすると、矛盾も多いのは事実だよな。
「わかった、可憐。一旦、戻ろう」
「そ、それがいいです!」
あからさまにほっとした顔で、可憐が何度も頷いた。
一旦、城ホテルに戻った俺は、高原とその叔父さんはもちろんのこと、まだ城内にいるメンバーを総動員して、一階のフロント前ラウンジ(休憩所)に集め、俺達が見たものを知らせた。
途端に、高原の叔父さんは「ぬううう」と唸って腕を組み、そして絵里香ちゃんはわざわざ席を移動して、俺の隣――可憐とは反対側の隣へと座った。
鈴木と工藤は思いっきりびびった顔付きだったので、どうやら信じてくれたらしいし、意外にも高原の妹である薫も、深刻そうな顔で考え込んでいる。
友人の高原なんか、どこまで本気なのか、「こりゃ、一度は探索に行かないとな」などと意見表明したほどだ。
一同の中で唯一、あからさまにせせら笑ったのは、薫の連れである三人組だった。
この暑いのにジャケットまでびしっと着こなした、ホストみたいなヤツらだったが、口々に「見間違いだろ?」だの「最初からびびってると、そんなのが見えることもあるさ」だの、「そもそも、本当に見たのか?」だの、言いたい放題だったね!
さすがに温厚な俺もむっとして、「そこまで言うなら、あんた達も三人で見てくればどうっすか?」と言ってやった。
敬語を使ったのは、なんとなくこの三人は俺より年上に見えたからだ。
「その挑発、あえて乗ろうじゃないか、君!」
髪を茶髪にしてるヤツが真っ先に表明し、後の二人も我も我もと立ち上がった。
三人とも一応、薫も誘おうとしていたが、本人は意外にも首を振った。
「あたしはいいわ。後で結果だけ教えて」
「いいですとも!」
薫によいところでも見せたいのか、マジで即、張り切って出て行きやがんの。茶髪が「念のため、懐中電灯だけは持って行こう」と提案したのが、まだしもか。
どやどやとホスト連中が出て行くのを残りの俺達が見送った後、なぜか高原の叔父さんが立ち上がり、俺に話しかけてきた。
「ええと、樹啓治君だったかな?」
「ケージでいいですよ」
「うむ、じゃあケージ君。その研究所の周囲に、工事用の車両がたくさん放置されてただろ?」
「ありましたねぇ。あれ、どういうわけです? 工事の人は夏休みとか?」
俺が気軽に尋ねると、叔父さんは正面のソファーに座り、いきなり爆弾落としてくれた。
「いや。実は予定では、今年の三月までには解体工事が終わるはずだったんだ。しかし、いざ解体を続けようとすると、謎の障害が相次いでね。どうしても工事を進められないのさ」
「――いやっ」
慌ててまた俺にしがみつく可憐である。
「それ、いよいよ本物じゃない!」
絵里香ちゃんも同じく腕をしっかりと絡めてきて、俺としては対応に困る。
「障害というと、具体的にはどういう?」
「工事をやろうとすると、途端にパワーショベルなどの車両が、止まってしまう。エンジンがかからないんだ。何度点検しても異常は見当たらないし、新しく他の車両を持ってきても駄目でね。今や、あんな状態になっている。我々としても、頭痛の種だよ」
「うわぁ」
俺は思わず天井を仰ぎ、ふと思った。
……普段からそんな有様だとしたら、今出て行ったヤツらも、俺達みたいに本当に謎の女の子を見かけたりしてな。
まあ、本当に目撃して怖じ気付いて戻って来たら、「ざまあみろっ」と思うだけだが。




