新たな能力……赤い糸
ミッションは慎重に運ぶ――そんな決断したその夜、俺は早速にして、また引っぱたかれた。
ちくしょう、あの「自分だけ美形」の妹めっ、謝った舌の根も乾かぬうちに、俺に手を上げやがる。
やり返さないのは筋力の差だと、わかってんだろうな。
まあ、叩かれた理由というのは簡単である。
可憐が風呂の湯を貯めるまえに掃除しようとしたら、既に風呂の周辺が濡れていたのが問題らしい。ああ、そうだろうよ、ふん。
「まさかっ、お風呂の掃除なんかしたんですかっ。昼間に!」
比較的和やかな晩飯だったのに、その直後にこれだ。
洗剤のボトル握ったまま、風呂掃除から直行でリビングに駆け込んできやがった。
「掃除というか……洗濯で怒られたから、せめて浴槽くらいは磨くかなと」
無論俺は、劇団ひまわりもびっくりの演技力で、さりげなく頷いた。
視線はテレビを見てるし、完璧だな。
「そんなことしなくていいですっ。にいさんの掃除はムラがあるから、役に立たないですしっ」
怒りを抑えるように、押し殺した声だった。
そこでようやく可憐を見たが――本当は、「なぜ風呂掃除が駄目か」を知る俺には、プラス「どこか焦っている」様子にも見えたね。
まあ、無理もあるまい。
そこで黙って了承すればいいのに、すぐ反射的にからかうのが、俺の悪い癖である。
妹の掃除スタイルである、ショートパンツとノースリープのシャツという薄着を見て、反射的にからかってしまった。
いやもう、目に毒なんで、冗談でも口にしないとドギマギするのだな。
「普通、掃除したくらいで怒るかぁ? ちょっと水でそこらを流しただけで、なにもなかったぞ?」
俺はあくまですっとぼけて言った。
ここで「お前の羞恥日記見つけたぜ、イェアァアア!」などとからかおうものなら、フライパンで殴られる。
「心配すんなって」
代わりに、笑顔でこう言ってやったわけだ。
「見られてまずいような、お前のヘ○ーとかそんなのは、別になにも落ちてなかった。だいたい、どうせ下はまだ生えてないだろうし――ぐはっ」
……そう、この「ぐはっ」のところでパーンッと威勢よく頬を張られたわけだ。
可憐の顔が真っ赤だった。
「に、にいさんなんか、もう知りませんっ。ばかっ!」
やり返すもなにも、そのまま走り去ってしまった。いつもながら、殴られ損である。
とはいえ……あー、今になって頬をさすっている俺からすると、張り倒されて当然の発言だったかもな。
あいつの毒舌にしては、今日の罵倒は直球だった。
からかうにしても、ネタを考えないとな……いや、実は本気で俺の指摘がモロに当たってたせいかもだが。
……それはないか、年齢的に。
○アーのことは置いてだ。
さすがの俺も、連日張り倒されたのは、始めての経験だった。
つまり、親父の再婚相手である亡き母の連れ子として、あいつがうちに来て以来ってことだが。可憐が五歳の時だから、もう九年前になるのか……ふむ。
早々に部屋に退散し、ベッドに寝転がった俺は、一人で当時のことを思い出し、しみじみと回想する。
いやぁ、俺に懐くまでは割と時間かかったが、それ以後は「おにーたま、おにーたま」と何処へ行くにもついてきて、可愛かったよなあ。
その頃は、俺だってまだ七歳で、こんなふて腐れた高校生じゃなかったが。
「ふうっ」
思わずため息が出て、寝返りを打とうとしたその時――。
「うおっ」
俺はまたしても、異状に気付いた。
なぜか俺の小指に、赤い線が見える……なんだこれ、まさか糸? 薄闇の中で持ち上げても、ちゃんと目立って輝いている。
目を瞬くと消えたが、指に集中するとちゃんとまた見えるようになる。
「赤い糸みたいな線……そして、それが続く先は」
わざわざベッドから立ち上がり、糸が続く先を追ってみると……その先は妹の部屋である隣へ至る壁に刺さっていた。
どうも、壁を貫いて隣まで伸びているらしい。
「……これって、まんま赤い糸ってことか? 張り倒される度に、俺はニュータイプ化してるわけかよっ」
冗談でも言わないと、やってられない。
好感度数字に、赤い糸……フラグ立ちまくりの割に、ついさっき思いっきり頬を張られてるけどな!