二人で散歩ということに
もっとも、別にそこまで「あれは生身の女の子だった!」と意思表示するほどでもないので、俺はそれ以上は主張しなかった。
高原の妹の薫はまだゲロったままだが、高原は特に気にせずに、率先して歩き出した。
俺も、完全に怯えている可憐と、緊張したままの絵里香ちゃんと三人で、カートを転がしながら続く。
森を迂回するように工事された小道だったが、綺麗に舗装されているので問題ない。
針葉樹が生い茂る森が海岸近くまで浸蝕しているせいで、なぜか陰鬱な印象があった島だが、しかしいざ森を迂回すると、途端に眺望が開けた。
「おおっ、小道の周囲が草原になってる!」
「うわ、上の方の遊園地に行くのに、ちゃんとロープウェーみたいなのがあるよ。凄いなあ」
工藤と鈴木がはしゃぎまくるのも無理はないだろう。
こんな辺境の島に、よくまあと思うわな。
「白亜のお城みたいなのが、見えてきたわねえ」
絵里香ちゃんが早速、宿泊先を見つけた。
「……本当だ」
呆れることに、眺望が開けた途端、立派な城が見えた。
高原が前に言ってた、外国の城をバラして運んできたってアレか。金持ちの考えることはわからん。
桟橋と違っていきなり草原に陽光が降り注ぐ場所になったせいか、可憐と絵里香ちゃんもだいぶ元気になったようだ。
「ノイシュバンシュタイン城みたいな見栄えのいい城が、孤島にあるなんて」
可憐がため息をつく。
「いやぁ、これはオープンしたら、値が張りそうだな……どう見ても、一泊一万円までに収まるとは思えん」
「兄さん、少し考えてから発言しましょう……そんな値段で、提供できるわけないでしょう」
「やかましい、呆れたような顔すんなっ」
わいわい騒いでるうちに、門のところまで来た。
そこにはスーツ着た口髭のおじさんが一人と、それに多分、城の従業員? の人達が並んでいて、一斉に『ようこそ、高天原リゾートアイランドへ!』なんて大声で迎えてくれたりして。
「うおっ。今この瞬間、なんか金持ちになった気分だっ」
工藤が馬鹿なことを呟いたが、実は俺も賛成である。
VIPクラスの出迎えのような。……単なる「タダなんで来ました」の学生なのに。
「叔父さん、しばらく厄介になる」
高原がいつもの横柄な口調で口髭の人に挨拶した。
あの人が叔父さんか……なるほど、鋭角的な顔立ちとか似てるな。高原より柔和そうだが。
「皆さんもようこそ」
叔父さんは俺達にも笑顔で頷き、俺を含めて全員がペコペコお辞儀した。卑屈になる気はないが、無料招待だから気が引ける。
「ところで、薫はどうしたのかな?」
「あいつなら、まだ船でゲロ吐いてるよ」
叔父さんの問いかけに、高原が容赦なくバラしていた。
聞かされた叔父さんが、ぬるい苦笑を浮かべたのが、印象的である。
城というか、城ホテルというか……とにかく、この城内は俺達程度の人数じゃ笑いが込み上げるほど広すぎるので、部屋は好きなところを選んでいいと言われた。
従業員が寝泊まりする一階以外、全部空いてるそうな。
俺と可憐と絵里香ちゃんは、三人揃って最上階に部屋を取った。俺が一番廊下の端で、あと横に並びでそれぞれ自分の部屋に決めていた。
反対側の端っこは工藤達が並びで部屋を取ったらしい。なぜか高原もそっちだ。
その高原が、俺達に勧めてくれた。
「それでいいのか? 豪華スイートもまだ空いてるぞ? 特別あつらえで、もう一つ上の階だが、三十畳くらいの広さがある。三人一緒でも余裕だ」
「まだここの上の階があるのか?」
「その通り。公式には今いる階が最上階だが、本当はもう一つ上がある。今ならロハだし、使うか?」
「俺はアニメに出てくる巨人じゃないって……あと、男女の雑魚寝はヤバい」
さすがの俺も遠慮した。
「それに、おまえの妹に睨まれそうだしな。今の時点で、もう睨まれるかもだが」
そもそも、三十畳くらいのスペースがあるような部屋、恐ろしくて眠れん。
ダンスホールじゃあるまいし。
「天井、高いです」
上を見上げた可憐が、目を丸くしている。
「ロウソクじゃないとはいえ、シャンデリアもあるしなあ」
俺はため息をついた。そりゃ、天井が低いはずないだろう。
「夕飯まではまだもう少しあるが……後はどうする? 初日だし、俺は部屋で少し休むが」
高原が俺達を見回す。
「じゃあ……俺は外を散歩してこようかな。遊園地に行くような時間帯でもないから。一緒にどう?」
後半は、可憐と絵里香ちゃんに尋ねたのだが、可憐は「幽霊さんが出たらどうするんですかっ」などと言う。
「だから、昼間から出ないって。出たとしても、調べるのもモニターの役目だろ?」
「……そんなこと言われても」
あくまでためらう可憐を見て俺を気遣ってくれたのか、絵里香ちゃんが「じゃあ、あたしがついていこうかしら」と言ってくれた。
すると――なぜか可憐が焦り顔で「え、ええとっ。やっぱりわたしも行きますっ」とコロッと意見を変えやがった。
「ならお二人でどうぞ。わたしは城内を見て回るから」
素早く絵里香ちゃんが遠慮してしまい、結局二人で散歩ということに。
他の連中は、みんな一休みしたいらしい。