可憐が俺とぴったりくっつくように座り直した
男三名を引き連れた高原妹は、映画のワンシーンみたいに兄貴に抱きつこうとしたが、高原本人がすげなく身を引いた。
「もう出航時間だ、自己紹介だけして、行くぞ」
言うなり、めんどくさそうに俺達に言う。
「妹の薫な。下手すると二十歳半ばに見えるけど、実はまだ中三だ」
「ふえっ」
工藤か鈴木のどちらかは不明だが、げっぷみたいな声を洩らしていた。
そういや、この子は高原の妹なんだから、高一の俺達より年下なわけだ。本気で二十歳半ばに見えるしな。スタイル的にも。
髪なんかどういう趣味のカラーリングか謎だが、オレンジ色で光沢ありまくりだ。
妹……薫とやらは、驚きの声を洩らした工藤達の方をひと睨みし、なおかつ兄が「友人や知人達の自己紹介必要か?」と尋ねると、あっさり首を振ってくれた。
「いえー、お兄様の知人さん達と交流する気はありませんから」
随分とはっきりと言う女である。
とはいえ、そこで彼女が値踏みするように俺達を見た。
「ただ……ケージさんという友人の方は? お兄様から、時々伺っていますが」
「俺だけど?」
やむなく前に出てやった。
「本名は樹啓治だよ。ケージはあだ名ね」
「そうですか……貴方が」
薫とやらは、スーパーで大安売りのモヤシを見るような目つきで俺をジロジロ眺め、なぜか失望したように目を逸らした。
ため息までついたりしてな!
「はああ。……ちょっと想像した方とは違いましたね」
「おまえの想像はどうでもいい」
俺の代わりに、高原が手で蠅を追い払うようなジェスチャーをした。
「先に乗ってろ。俺達は後からついていくから」
「……お兄様と一緒にと思いましたのに」
上目遣いの目で兄を見る。
「いらん。こっちの方が落ち着く」
どうやら薫は、兄には頭が上がらないらしく、拗ねたような顔を見せた後、「そうですか……では、また船内で」などと言って、ようやく立ち去った。
ずっと無言だった男三人連れて。
扇子開いて、パタパタ顔扇いでるけど、ありゃなんかのパフォーマンスなのかね。
薫が離れた後、奇しくも俺と工藤達の三人が、大きく息を吐く。
「驚いたなあ」
眼鏡を押し上げて、鈴木がみんなの意見を代弁した。
「美人でスタイルよくても、あの子はちょっと」
工藤が肩をすくめた。
唯一、妹の可憐がとってつけたように、「その……ドレスが豪華でしたね。ゴシック風で」などとお愛想を言った。
「少なくとも、高原さん? 貴方を慕ってるのは確かみたいね」
最後に微笑して絵里香ちゃんがのたまい、高原が盛大に顔をしかめた。
「妹の話はやめよう。俺達も行こうぜ……実は船上で、ちょっと話があるし」
なんの話だ? と俺が尋ねる前に、高原はもう身軽に歩き出していた。くそっ、俺も荷物を先に送っておくべきだったな。
俺は最初からこのリゾート行きには裏があると思っていたし、だからこそ、真っ先に訊いたわけだが、どうやら高原は、真の理由を黙っていたらしい。
俺はともかく、他のメンツがドン引きすると思ったんだろうな。
とにかく、高原がその話をしてくれたのは、船が出航して、半時間も経った頃だった。つまりは、今更逃げだそうにも、無理な状況である。
広々とした娯楽室に皆を集め、こいつはおもむろに立ち上がって、俺達を見渡した。
「大抵の説明はもう終えているが、あえて言わなかったことがある」
きょとんとする俺達に重々しく言う。
「う~ん……俺、嫌な予感がしてきた」
囁くでもなく声に出すと、高原は似合わぬお愛想笑いを見せた。
「そう言うな、親友。別に大したことじゃないさ。……今から行く島の前オーナーは、ちょっとヤバい奴だった、という話をしたよな?」
「……そんな話も聞いた気がするけど、それが?」
不穏な空気を感じたのか、可憐が俺とぴったりくっつくように座り直した。
絵里香ちゃんも俺の左隣にいるので、まさに両手に花である。高原の話に不穏なものを感じるので、今はそれどころじゃないけど。
「実はなあ、その前オーナーには年端もいかない娘がいたんだが……その娘は父の死後、ずっと行方不明なんだな、これが。まさに神隠しのごとく、完全に行方知れずでな」
嫌過ぎる情報を吐き出し、また思わせぶりに俺達を見回す。
皆を代表して、俺が言ってやった。
「で、結論は?」
「……今から向かう島のどこかに、娘の死体が埋まってる可能性がある」
「いやっ」
真っ先に可憐が小さな悲鳴を上げて、口元に手をやった。
うわぁ、今頃になってから、エグい情報を洩らしてくれたもんだ。
ネットで調べた時は、そんな話、出て来なかったはずなのに。
それと――絵里香ちゃんまでちょっと震えてて、これは意外だった。
そういや昔、「ゴーストは張り倒せないから、嫌い」と言ってたっけ。誰にでも、弱点はあるものだなあ。