どうしてわたしが、初対面の男の人と抱き合う必要があるんですかっ
可憐は目を瞬き、「高原さんの妹さんがビキニ……ですか」と困ったように眉根を寄せた。
なぜか自分の胸に手を当て、「でもわたし、そんなにスタイルよくないですし」などと謙遜――いや、こいつの場合は本気だろうけど、とにかくそう卑下する。
「いや、おまえの年齢としちゃ、スタイル抜群と言っても過言じゃない」
俺は断言してやった。
本当は、「俺は全部見たから、信用しろっ」と言って安心させたいが、これはさすがに張り飛ばされるだろうから、控えた。
「安心しろ、ビキニだろうが競泳水着だろうが、おまえなら余裕だ」
「……ええと」
俯いて考えていたが、可憐は意を決したように顔を上げた。
「わかりました、買い物へ行きましょう、兄さん。わたしもちょうど、兄さんにお話ししたいことができたんです」
なんて決然と告げてくれた。
……上手く運んだのはいいが……俺に話ってなんだよ?
「話したいことというと?」
「買い物に出かけた先で、お食事でもしましょう。その時に、お話しします」
「お、おお……」
え、なんかめんどくさそうだな、おい。
しかもこいつ、急に張り切って「早速、いきますか」とか言うし。
俺のミッションは思わぬ進展を見せ、俺達はその足で近所のイ○ンまで出かけた。
水着売り場が広いので、選ぶのに不自由なさそうだからな。
歩くと遠すぎなので、バスで出かけたのだが……驚いたことに、到着したイオ○に入ろうとしたその時、丁度顔見知り二人が出て来た。
つまり、眼鏡かけた鈴木と、髪の毛を短く刈り込んだ工藤であり、つい数日前に、リゾートへの参加が決まった二人である。
妹を見たらうるさそうだなぁと思い、俺はさりげなく避けようとしたのだが、あいにく向こうの方が先にこっちを見つけてしまった。
「おぉおおお、ケージ!」
工藤がやたら笑顔で手を上げ――俺の背後に隠れるように立っていた可憐を見つけ、そのまま蝋人形みたいに固まった。
眼鏡の鈴木も可憐を見て、「うわぁ」と感嘆の声を上げている。
おい、白ワンピの中学生女子が、そんな珍しいか?
まあ、俺は妹を見慣れているからそう感じるのであって、いざ可憐がその他大勢の群衆に交じると、その美貌が鮮やかに際立つのは、よくわかっている。
「よ、よお」
俺は引きつった顔で挨拶してやり、やむなく事情を説明した。
「妹の可憐だよ。二人で水着買いに来たんだ。可憐、こいつらが同行する二人な」
さぞ困惑するだろうと思ったが、そうでもなかった。
可憐はよそゆきの笑顔を全開にして、「兄がいつもお世話になっています」と丁寧に一礼した。さらさらと流れる長い黒髪を見て、また二人が嘆息する。
「お、俺は工藤で、こっちは鈴木です。よ、よろしくお願いしますっ」
……実はこいつらの方がよっぽどキョドっていて、危なっかしかった。
何の冗談か、工藤なんか手を差し出しやがる。
握手でも求めているんだろうか、こいつは?
「あー、悪いけど、妹はあんまりスキンシップが得意じゃなくて――」
言いかけた俺の声がぶつっと途切れた。
なんと可憐の奴、「こちらこそよろしくお願いします」と低頭し、普通に握手したじゃないか! 工藤に続き、調子に乗って自分も手を出した眼鏡の鈴木ともっ。
一瞬だけ握った程度だが、でも握手には違いない。
え、なんだよ、それ!?
一言二言話した後、今度は鈴木が俺に赤い顔を向けた。
「僕らもちょうど、水着買いに来てたんだよ……今から帰るところだけど、明後日はよろしくね」
「おいおい、どうせならまた一緒に」
とかなんとか言いかけた工藤に、鈴木が『しっ。兄妹水入らずにしてあげようよ』と囁き、工藤の背中を押すようにして去った。
……まあ、聞こえてるから、囁く意味ないけど。
「じゃあ、また!」
まだ赤い顔のまま、爽やかに挨拶されたので、俺も釣られて片手を上げる。
「お、おお……」
返事がぶっきらぼうだったのは、まだ驚いたままだったからだ。
腐れ縁の級友達を笑顔で見送った後、可憐はメッという目つきで俺を見上げた。
「駄目じゃないですか、にいさん。クラスメイトの方とは、もっとハキハキ接しないと。高原さん以外にも、お友達増えるチャンスなんですから」
「お、おまえなあっ」
そこでようやく我に返り、俺は怒濤の抗議をした。
「おまえ、スキンシップが苦手じゃなかったのかよ!」
「苦手なのは、兄さんと触れ合うことであって、他の人は関係ないですよ」
可憐はあっさり言ってくれた。
「握手くらいなら、普通の挨拶の範囲内ではありませんか」
「ありませんかて……じゃあ、ハグは?」
思わず尋ねると、むっとしたように睨まれた。
「どうしてわたしが、初対面の男の人と抱き合う必要があるんですかっ。それは、スキンシップ以前の問題ですっ」
頬を膨らませて、さっさと先に歩く。
どうでもいいけど――俺だけ触れるのが苦手って、そんなのアリか?
思わず首を振り、俺は可憐の後に続いた。