ちょいと軽くハグだ!
そのまましばらく考え、俺はよい考えを思いついた。
いや、よい考えかどうかは試さないとわからないが……日記の記述が本当なら、俺にとっても妹にとっても、悪いことではあるまい。
そこで、日記を元の場所に戻して、妹の帰りを待つ。
……やがて帰ってきた妹は、リビングを覗くなり、眉根を寄せた。
「なんだって、制服のまま着替えもせず、お地蔵さんみたいに固まってるんですか?」
相変わらず、クチが悪いっ。
あの日記、マジで単なるネタとか、釣り針じゃないのか!
そうは思ったが、俺は我慢して文句は避け、代わりにリゾート参加の決定事項を教えてやった。案の定、「野郎が二人増える」と教えると、あまりいい顔しなかったけどな。
妹はそもそも、男が苦手だそうだし。
だが、本番はこれからである。
「あのさあ、この際、提案があるんだけどな?」
「提案?」
「そう、提案。まあ、ちょっと座ってくれ」
「……いいですけど」
妹は用心深く、ソファーの隅っこに座る。
俺と座る時の、妹の隅っこ率は異常な高確率である。
まるで俺が性犯罪者で、いつ襲い掛かってくるかわからないから、いつでも避けられる位置を選ぶような案配だ。
……考えすぎかもだが。
「唐突だけど、俺達って仲がいいとは言えないよな?」
いきなり切り出すと、妹――可憐はぎくっとしたように俺を見た。
「仲……悪いでしょうか」
「よく喧嘩するだろ? あんな調子で他人の前でも喧嘩してたら、みっともないよな?」
「み、見方によっては喧嘩に見えるだけかもしれないですし」
珍しく歯切れ悪くする抗弁を無視して、俺は思いついた提案をしてやった。
「そこでだ! 演技でもいいから、リゾートでは、仲良い兄妹で行こうぜっ」
「演技、ですか」
上目遣いで俺を見る様子から察して、どうもちょっと心が動いたらしい。
「そう、演技。最初は演技でもいいだろ? そのうち、演技が本物になるかもしれないし」
「……そんなものでしょうか」
小首を傾げたが、あからさまに反対しない以上、脈はあると見るべきだろう。
「そんなもんだって!」
特に自信もないのに、俺は大きく頷いてやる。
「世界に目を向けてみろっ。宗教戦争と同じなんだよ。増悪が増悪を呼び、そして報復が報復を生む。こんなんで仲良くできるわけないだろ?」
「わ、わたし達、そこまでひどくないと思いますけどっ」
心外そうに反論する可憐に、俺は重々しく首を振る。
「だが、少なくとも仲良いとも言えないよな?」
「そ、そうでしょうか……」
なにがなんでも否定したそうな可憐だったが、俺はこれも無視して、自らソファーを立った。
拳を固め、「だからこその演技だっ。まずは形から! 最近、そんな真似しないしとか言わず、まずは努力するんだよ。みっともないだろ、他人の前で喧嘩してたら」と力説する。
さすがの妹も渋々頷き、「わかりました。努力してみます」と答えたね。
「よし、なら今から実践な」
「じ、実践!?」
怖じ気付いた表情の可憐に、俺は大きく頷く。
「まず、スキンシップからな。ちょいと軽くハグだ!」
「えぇーーーーーーっ!」
結構デカい悲鳴だったっ。
「……なにを触る前から、悲鳴上げてんだ。別に俺は、これを理由にセクハラしようってんじゃないぞ。昔は平気でやってたろ? まずはスキンシップに慣れること! おまえの場合、やりとりよりも、そこからだと思ってんだよ!」
かなり強引な理論だと我ながら思ったが、なぜか可憐の心には響いたらしく、意を決したように頷くではないか。
「わ、わかりました……がんばります。わたしはなにをすれば?」
「俺が抱き締めるから、おまえはなにもしなくてもいいさ。ただ、余裕あれば、抱き締め返してくれな。映画でよく見る、無駄に陽気な外人みたいにっ」
「うぅ……わ、わかりました」
立ち上がり、めちゃくちゃ緊張しきった顔で頷く。大丈夫か、こいつ。
しかし、もう賽は投げられた。
俺は可憐にそっと近づき、たおやかな身体に腕を回す。うわあ、なんというよい感触、プラス、豪勢な髪の香り。
そして、綺麗な髪を飾る純白のヘアバンドが、ひどく愛らしい。
思わず、抱き締める腕にキュッと力を入れると――あ、なんかヤバい。
こいつ俺が腕に力を込めた途端、掠れたような声を上げたかと思うと、ちょっと痙攣したぞ。
俺が首を傾げた瞬間、可憐の身体から力が抜け、へなへなっとその場に座り込んでしまった。
何事かと見下ろせば……真っ赤になって震えてるし!