いつもながら、こいつの日記は、俺の想像する斜め上を行くな……
とにかく、多少の苦労はしたものの、無事に妹も絵里香ちゃんも来てくれることになったわけで、内心で俺はほっとしていた。
さらに――うちの学校は、夏休みの開始日がなぜか早めなのだが、数日後に終業式が終わった直後、教室に残った高原が、新たな招待メンツを紹介してくれた。
といっても、同じクラスの鈴木と工藤で、俺のゲーム仲間である。
友達とまでは行かないが、少なくとも仲は良い方だろう。
「おう、ケージもショウガ役か! ま、俺らの定めだわなー」
ひょろっとした体型の工藤が、やたら嬉しそうに肩を叩いてきた。
「ショウガ役?」
俺が首を傾げると、眼鏡かけた真面目そうな鈴木が、教えてくれた。
「ほら、牛丼屋さんとかで、紅生姜置いてあるところ、多いじゃない? つまり、僕らは牛丼の引き立て役のアレと同じってこと」
となると、引き立てるべき対象は、そばで肩をすくめている、誘ってくれた高原だろうな。というか、こいつの一族である、高原家か。
「そのたとえ、わかりにくいよ!」
俺が言い返すと、横で聞いていた高原がニヤッと笑った。
「だいたいケージは、引き立て役どころか、両手に花で来るんだぞ? ボッチの俺らとは、全然立場が違うね」
「い、いや、おまえも妹が来るじゃないか――」
文句つけかけたところで、工藤と鈴木が目を剥いた。
「なんだとおっ。獅子身中の虫めがっ」
「い、妹って……一人は妹さんとして、もう一人は誰さっ?」
いきなり態度が変わった工藤に続き、眼鏡の鈴木がやたら羨ましそうに訊く。
「いや、もう一人はまあ……昔の幼馴染み?」
「えーーーーっ」
「裏切り者めえっ。みんな、石を投げろおっ」
「べ、別になにも進展ないしっ」
俺は慌てて手を振りまくり、ふいによそよそしくなった二人から離れた。
「おい、男ばかり増えて、大丈夫か?」
密かに高原に尋ねたが、こいつは平然としていた。
「学生が楽しめるかどうか意見が聞きたいって話なんで、まあいいんじゃないか?」
「じゃあ、予定通り?」
「うむ。三日後に空港に集合だ。十一時までにはターミナルに来てくれよ」
「わかった。奢られてばかりで、悪いな」
「気にするな。頼んだのは俺だし……なんとなく、おまえがいないとつまらんことになる気がするからな」
高原には不思議な言い方をされたが、なにせ交通費も全部持ってくれるので、俺としては頷くばかりである。
……ちなみに、目的地途中の八丈島までは、都内の空港から普通にジェットが飛んでいるらしい。俺は初めて知ったが。
そのまま学校を後にし、俺は家に直行で帰った。
というのも、魂胆があるからだ。
言うまでもなく、このところ読んでなかった、妹日記である。先週、ああいう気まずいことになってからこっち、読む機会がなかった。
まあ、妹の機嫌もだいぶ回復しているので、大丈夫だとは思うが。
……日記に恨み辛みが並んでたりしてな。
妹の中学は、まだ今日までは授業があるので、もちろん家の中はひっそりしていた。
俺はまたしてもハシゴを持ち出し、風呂場の点検口をズラして、日記を入手する。相変わらず、読むまでにすげー手間がかかるな、これ。
リビングのソファーに座り、気合いを入れてページをめくった。
7月4日 お兄様と喧嘩しちゃいました
もう昨晩のことになりますが、高原さんが誘われたというリゾートアイランドのことについて、お兄様と言い争ってしまいました。
もちろん、いつも通り全てわたしが悪いんです……本当は、すぐに謝りたかったのに。
それに、自分でも幼少の頃から気付いていますけれど、わたし、明らかに姫野絵里香さんに嫉妬しています。
もの凄く醜い感情だと思いますけれど、どうしても押さえきれません。
だって、あの人とても綺麗でしたし、今はきっと、もっと美しく成長されていることでしょう。
当時、お兄様が姫野さんと手に手を取り、わたしの元から去って行く夢を、何度も見ました。
あの夢が現実になったら……わたしは生きていく自信がありません……お兄様……。
なのに、こんな時に喧嘩なんかして……わたしはどうして、いつもこうなんでしょうか。
島で過ごす日々の間に、なんとか仲直りして、お兄様に許してもらわないと。
○――――○
「えぇえええっ」
いつもながら、こいつの日記は、俺の想像する斜め上を行くな……。
なんで表面上の態度と、こうも違うんだ。
あと……読む度にすげー罪悪感あるしな。
「いい加減、盗み読みはやめるか」
気付けば、呟きが洩れていた。