赤い糸に、新たな発見
「……なんだよ?」
恐る恐る訊いた俺を無視して、妙に緊迫した声で尋ねる。
「あの方はお引っ越しされたはずなのに、いつからお会いしてたんです?」
「学校の検査日をサボった昨日、偶然に出会ったんだよ。どうやら絵里香ちゃん、また戻って来てたようでな。高校もうちの学校へ編入するとか」
「昨日……偶然出会った?」
オウム返しに尋ねる妹は、めちゃくちゃ疑り深い表情だった。
「昔の遊び相手が戻ってきたタイミングで偶然出会ったのに、その翌日に、もうリゾートアイランド行きを約束ですか!」
「そらまあ、今日も学校の帰りに会ったからな。せっかくなんで、高原のお誘いを伝えて、都合を訊いたわけさ」
俺はなるべくさりげない声音で答えた。
やー、そうやって事実だけ羅列されると、確かにちょっと有り得ないような話かもな。こいつは気にしすぎだと思うが。
「とても信じられませんっ」
「それはおまえの勝手だし、信じてもらう必要もない!」
なんだか責められているようで気分よくないので、俺も思わず強く出た。
「別に絵里香ちゃんだけ特別扱いしているわけじゃない証拠に、おまえにもちゃんと今、話したじゃないか」
「……それは」
「言っとくが、別に俺は、裏でこっそり絵里香ちゃんと会ってたわけじゃないぞ。だいたい、彼女とどこで何してようと、誰かに責められる覚えはないしな」
珍しくばしっと言い返したせいか、妹は息を呑んだまま黙り込んでいた。
そのうち、俺の方を見ないようにして、足早にリビングを出て行ってしまった。「確かに……わたしに責める権利はないですね」なんて呟きながら。
「う~ん……」
俺はまたソファーに引っ繰り返り、後味の悪い思いを味わった。
少し、強く言い過ぎたか? しかし俺、あいつには以前からもっときっつい言い方されてるしな。たまたま今日は、俺のターンだったってだけだろうさ。
「つっても、後味悪いのは同じなんだけど」
呟きつつ、自分の右手小指を、いつものように気を張って観察する。
おおっと……前と違って絵里香ちゃんへ繋がってると思われる糸は、明るくしっかりしてるのに、今回は妹へと伸びている糸が、電球切れかけみたいになってるじゃないかーーっ。
最初に絵里香ちゃんの糸が出現した時と、逆である。
どうもこの糸の状態って、不健康な色になってる時は、その相手の精神状態か健康状態を意味するらしいな。
絵里香ちゃんの時は、糸がヤバそうだったのに、会った本人はピンピンしていたから、内面に問題アリだったのか?
彼女、密かに何か悩みでも抱えていたんだろうか。
……で、今現在の妹の場合は、風邪で身体も弱ってるし、同時に俺が苛立たせたせいで、心も弱りまくりってことかな。
そう思うと、この弱々しい見た目の糸が、実にしっくりくる。
「あぁああ、世話の焼けるっ」
結局、放っておくこともできず、俺はソファーから立ち上がった。
一旦、外出して、近所のケーキ屋でケーキなど買ってきた。
甘い物が好物な奴なので。
ショートケーキと紅茶をお盆に載せ、まだ不健康に閉じこもっている妹の部屋をノックする。
「おい、ちょっとだけ入るぞ」
特に返事はなかったが、構わず開けた。
すると、慌てたように何かを机の下に隠した妹が、ようやく振り返るところだった。……こいつ、また俺の写真見てたわけか?
俺本人がリビングにいるんだから、話にくりゃいいのに。
「入っていいって、返事してませんけどっ」
赤い目をして、唇を尖らせる。
「まあ、そう言うな」
俺は兄貴の度量を持って、笑顔を見せてやったが……あんまり通用した気配はない。
やむなく、用事だけ済ませることにした。
「ほら、ケーキ買ってきてやったぞ。これ食って元気出せ、なっ。さっきは俺も悪かったよ」
最後におざなりに謝罪し、立ち去ろうとした。
――そこで、ふいに腕を掴まれた。
「ま、待ってください」
「……どうした?」
穏やかに訊き返すと、やたらと言いにくそうに述べた。
「あの……ずっと考えていたんですけど」
そこでまた一拍置き、思い切ったように口を開く。
「わ、わたしもその島で過ごしてみようかな……と」
「へぇええ」
俺はわざとらしく声を上げる。
「随分と素早く気が変わったな!」
いつも悪態つかれてるので、軽い仕返しのつもりだったが。
妹は言い返しもしないで、涙目で見上げた。
「……そんないじわる、言わないでください」
「冗談だって」
驚いた俺は、慌てて笑い、妹の髪を乱暴に掻き混ぜてやった。
……女の涙には勝てん。