兄さんに、高原さん以外のお友達なんて、いないはずでは?
「脱力状態のわたしに、夏休みの予定なんか訊きますかっ」
「なに怒ってんだかな。だから、着替えはおまえが頼んだんだって言ってるだろ」
「い、いえ……それは不覚にも、わたし自身もなぜかうっすら覚えているんですが……むしろ、所々忘れているのが、救いというか」
「安心しろって」
俺は足を高々と組み、ニヤッと笑った。
「暗くて、どうせなにも見えなかったに等しいからさ」
まあ、本当は別に真っ暗でもないんで、いろいろ記憶は残ってるけどな。
言う必要もあるまいさ。
「それなら……まあいいんですけど」
ため息をついて、赤い顔のまま可憐がソファーに座る。
俺から十分に距離を取って。
「それで、夏休みの予定がどうしたんです?」
ちらっと俺を横目で見た。
「今、説明してやる。文句言われても困るから、ネガティブ情報もちゃんとな」
俺は断りを入れ、高原が提案してきたリゾートアイランドの話をみっちりしてやった。
もちろん、幽霊の噂がある件もちゃんと教えた。
島についてからそんな話した日にゃ、俺はこいつに今年一杯は文句言われそうだからな。
でもって、十分に予想できたことだが、妹は幽霊の件を聞いた途端、声を張り上げてくれた。
「い、いやですよっ、そんな島! こわいの苦手ですしっ」
「正直な意見、どうも。まあ俺も無理に勧めないが、一応な」
そのまま、あえて黙り込む。
こういう時、無理に勧めると、大抵は失敗する。俺だって、昨日今日生まれたわけじゃないからな。それくらいは学習したのだ。
案の定、それきり俺が島の話を口にしなくなると、妹はちらちらとこちらを伺い始め、なにやら悩んでいる様子だった。
俺は知らん顔してリビングのテレビを見ていたが、横目で観察していたところでは、こいつの悪い癖が出てた。
行儀から成績から容姿に至るまで、ほぼパーフェクトな妹だが、唯一、子供の頃からの癖が直っていない。つまり、夢中になって考え始めると自分でも気付かないうちに、人差し指の爪を軽く噛む癖である。
見た目には可愛いが……ガキめー。
「……その」
さらに時間が経って、おずおずと声をかけてきた。
「あ? どうした?」
「いえ……にいさんは同行するわけですよね、あの高原さんと」
「まぁな。下手したら夏休みずっと向こうにいるかもだが、留守番頼むな!」
「えぇええええ、そ、そんな長くですかっ」
声が1オクターブ高くなり、俺はわざと不思議そうな表情を作った。
「なんか問題ある?」
「いえ……その……そうだ!」
気まずそうに考えこんだ後、わざとらしく言った。
「わたしばっかりに家事を押しつけるのって、ズルいですっ」
「普段から、ほぼおまえがやってる気がするぞ? むしろ、俺が手伝おうとすると、怒るじゃないか? わたしの役目ですからっとか言って」
喜んで、この兄がパンティーもブラも洗ってやるというのに……まあ、別に洗濯だけ希望するわけじゃないが。
指摘された妹は、しまったです! という顔になり、不機嫌そうに眉をひそめた。
「じゃ、じゃあ……他に誰が来るのですか?」
「あいつの妹が来るらしい。……あとは知らんが、少なくとも俺の友人というか知人という立場の人が」
「――えっ、それって嘘ですよね?」
失礼なことに、本気で驚いた顔しやがった。
「兄さんに、高原さん以外のお友達なんて、いないはずでは?」
「お、おまえ……俺のことをなんだと」
さすがの俺もむっとしたぞっ。
そりゃまあ、友人が多い方じゃないのは、認めるが。
「言っておくけどなあ、お相手はスーパーモデルも裸足で逃げ出す美貌で、しかもリアル・スーパーガールだからなっ。胸も大きいしっ」
別に胸は関係ないか。
「――っ! それって、姫野絵里香さんっ!!」
大声を出して立ち上がった。
「なんだよ、ちゃんと覚えて――」
たのか? と言いかけ、俺はちょっとどきっとした。
さっきまで赤かった妹の顔が、今やすっかり血の気が引いていたからだ。
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