き、着替えさせるって、俺がかぁー?
とはいえ、この態度は実はわざとで、また新たな嫌みやら苦情やらを始める布石の恐れもある。
そこで俺はあまり相手にならず、「ほら、服着替えろよ? 風邪引くからさ」とだけ声をかけてやったが、妹は「……ダルくれて起き上がれないんです。着替えさせてくださいな」と言うではないか。
「き、着替えさせるって、俺がかぁー?」
素っ頓狂な声で訊いても、当たり前のように頷くのだな。
「風邪の時は、そうしてくれたじゃないですかー」
と甘えるような声音で。
ああ、そういう時もあったな。それこそ可憐が小学生の頃の、今とはまるで違う態度の時だが。
冗談だよなと尋ねても、不思議そうな顔で首を振る。
その間にも汗は出ていて、これは本当に放置しておくとまずそうだ。
やむなく俺は立ち上がり、「よぉし、望み通りにしてやるから、後で文句言うなよっ」と宣言し、パジャマと下着とタオルの用意をした。
「よし、電気消してなるべく見えないようにして、ババッと着替えさせてやるからな」と言ってやると、「別に見られても平気ですよ? 妹じゃないですか」とぼおっとした笑顔で呟く。
一瞬、そこまで言うなら――と思ったが、正気に戻った後でガミガミ言われそうなので、やはりカーテン閉めて電気消して、最小限の明かりで素早く着替えさせた。
一応、全裸にした後で、汗も拭いてやったんだが……こいつがまた、ぐんにゃりとしたままで、やりにくくてしょうがない。
そのくせ、俺が意図せずに胸に触ったりすると、くすぐったそうに笑うのである。
事情を知らない第三者が今この場面を見たら、「こいつ、女の子を全裸にして、あちこちまさぐってやがる!」と誤解されたかもしれない。
実際は妙な緊張感があって、俺は俺で焦っていたんだが。
……まあでも、結構隅々まで見てしまったのは否定しない、うん。
最後に風邪薬を飲ませてやって、ようやくミッションが終わった。
「……ふう。なんか寿命が縮んだ気がするな」
まだ笑顔のままの妹を見やる。
こんな可愛い状態の可憐は、当分、見られないだろうから。
「で、大丈夫なのか、本当に? 往診を頼むとか、救急車呼ぶとか、しなくていいか?」
「そんな大げさな……大丈夫ですよ……夜には起きられると思います」
「そうか? ならいいんだが」
俺が出て行こうとすると、なぜか妹は両手を差し伸べた。
「なに?」
「お礼をしたいから、手を」
「手を?」
わけがわからないまま、手を握ると、いきなり問答無用で引き寄せられて、熱烈なキスをされた。
これは、マジで驚いた!
わあっと思った時には、もう熱烈なキスをされている最中であり、いかんともし難かった。そのうち、ようやく妹の腕から力が抜けたので慌てて身を引いた。
……なに考えてんだ、おまえ!
そう言ってやろうと思ったけど、本人はもうすやすや眠っていたな。
熱があるのは確かなんだが、あまり苦しそうには見えない……ぼおっとしていたが。
「そりゃまあ、別に妹とするのは初めてじゃないが……だが、随分と久しぶりだったよな」
幼い頃はせがまれて何度もしてるが、それ以来か。
妙に優しい気持ちになり、俺は最後に妹の顔の汗を拭ってやってから、部屋を後にした。
特に腹は減ってなかったし、用事もなかったせいか、俺はそのまま、リビングのソファーで居眠りしてしまったらしい。
次に起きた時は、既に夜の八時を回っていたが――。
妹の焦った声と共に身体を揺すぶられた。
「にいさんっ、にいさんっ!」
「ふぁ?」
寝ぼけ眼で俺が見ると、すっかり正気に戻った妹が、赤い顔で俺を見ている。
「なんだよ、まだ熱が下がらないのか?」
「いえっ、もう平熱なんですけど……わたし、いつの間にパジャマに着替えたのでしょう?」
なんだか切迫した声で訊く。
わざと「自分で着替えたんじゃね?」等の適当な返事をしようかとも思ったが、後でバレるとその方がうるさいので、やむなく事情を話してやった。
「――つーわけで、俺が部屋を暗くして、ぱぱっと着替えさせてやった。言っておくが、おまえに頼まれたんだからな」
「え……そんな記憶も確かに……あぁああああ」
途中で段々思い出してきたのか、へなへなっとその場に座り込みやがる。
しかも、両足の間に腰を落とした、女の子座りで。
顔が真っ赤かだし、こりゃ「いやぁ、下半身の縦線みたいなアレもばっちり見たぜ!」とか、冗談も言えんな……いや、冗談じゃなくて半分は本当だけど。
惜しいことに、その時はすぐ目を逸らしてしまった。
……そのことには触れず、俺はおもむろに切り出した。
「ところで可憐、おまえ、夏休みの予定はどうなってる?」
こちらでも、同じく一度だけお願いを。
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