参加前日
まあ、可憐の機嫌はともかく、その後も刻々と状況は変化し、例の拘束された二人は、本国から送られた捜査官と共に、明日、正式に強制送還と決まった。
帰国させた後、じっくりと調べるらしい。
ニュースでは相変わらず「スパイ説」が濃厚だが、当人達は最初からずっと否定しているという。
『この後、どうなるかだが……無実が本当なら、そのうちわかるかもしれないが、あのイヴとやらが執念深かったら、そうそう簡単にはいかないかもな』
その後、再び電話してきた高原がそう言ったが、俺がイヴから電話があったことを教えると、『そうなると、もはや俺達も覚悟を決めないといかんか』なんて言いやがる。
「たかがゲーム参加のはずが、なんで覚悟がいるんだよ」
『でもおまえだって、これがただのゲームだとは、もう思ってないだろ?』
「そりゃ……まぁな」
俺は渋々肯定した。
「早けりゃ明日には、機材とやらが送られてくるだろうし、辞めるのなら、今が最後のチャンスだぞ?」
一応、高原に言ってみたものの、もちろん無駄だった。
『俺の返事はわかってるだろ?』
得意そうに言いやがる。
「……そう言うと思ったよ」
俺が諦めの極地でため息をつくと、高原はふいに声を低めた。
『それにな、前にイヴがおまえに「ゲーム参加しないと後悔する」的なことを言ったのは、案外本当の気がする。前から少し思ったけど、あいつ、俺達に何かを知らせようとしてるんじゃないか?』
「なにかって……なんだよ」
『さぁな。そりゃ参加してみるまでわからん。意外とベタに「世界の危機」とかだったりしてな』
「せ、世界の危機なんか教えてもらったって、俺達ガキに対処できるわけないし!」
電話しているのを聞きつけ、また可憐達が集まってきたが、俺は首を振ってやった。高原相手に結婚ルートの話なんか、出てくるわけない。
『そりゃ当然の予想だが、イヴが俺達をどう見ているかは、また別の話だからな』
高原はあっさりと言ってくれた。
『それに、俺達の中には空美や絵里香さんみたいに、極めて特殊な子だっている。案外、なんかの役に立つと思われたのかもだぞ?』
「ま、まあ……空美ちゃん達は確かに有能だけどな」
俺が声に出すと、空美ちゃん本人が驚いたように俺を見るわ、可憐はなぜかふくれっ面になるわ。
『とにかく、機材が届いた後、例の高層マンションで最後の打ち合わせだな』
高原が話をまとめかけたので、俺は慌てて口を挟んだ。
「あ、ちょっと待て。そのマンションの件だが、実は空美ちゃんのママから電話があってな――」
ざっと事情を話すと、高原は特に反論もせずに了承してくれた。
『よくわかった。早速契約書を作っておく。それで、おまえは?』
「へ、俺?」
『へ、じゃあるまい。おまえは可憐と引っ越さないのか?』
「い、いや……それはまだ検討してないというか……」
『引っ越してしまえよ。そうすりゃ、俺も考える』
「簡単に言うな、馬鹿!」
挨拶のように罵倒を返し、この時はそれで終わった。
ただ、電話を切った後、空美ちゃんは「おにいちゃんも引っ越すよね?」と心配そうに言い、可憐は無言でむくれていたが。
「いや、さすがに叔父さんに訊かないとね……はは」
一応、空美ちゃんにはそう答えたが、これも先々改めて問題になりそうだな。
そして翌日、早くも機材とやらが本当に送られて来た。
下手すると当日になると思っていたので、予想より早かった。
しかもこれ、普通のゲーム機本体ほどの大きさがあるが、見た目よりずっと重い。フルフェイスのヘルメットみたいなのとセットになっているが、本体の方は俺と可憐と空美ちゃん、あと絵里香ちゃんと高原で、まとめて一台でいいらしい。ただし、ヘルメットモドキは人数分いるようだが。
「送ってきたのは普通の運送会社さんですが、依頼人が聞いたことのない会社名になっていますけど?」
「……確かに」
覚えるのもめんどくさい横文字の会社名だったが、指摘した可憐どころか、俺も聞いた覚えがない。
「でも……参加するんですよね?」
可憐が上目遣いで尋ねるので、俺は嫌々頷く。
「高原が参加する以上、俺はしょうがない。可憐と空美ちゃんは――」
「参加しますよ、もちろん!」
「おにいちゃん達といっしょなのよっ」
何も言わないうちから、空美ちゃんと可憐が声を張り上げる。
まあ、この二人も正式メンバーなんだから、俺が止めるわけにもいかない。
「電話して訊いたら、絵里香ちゃんも当然のように参加だしな。今更か」
俺は忌々しい思いで、やたら重たい怪しい機械を眺めた。
「そういうことなら、明日は全員でまた、あのマンションに集合だ。せめてゲーム中は、無防備な自分の本体の心配はしたくないしな」
俺がそう言うと、さすがに二人とも頷いてくれた。