こいつぅ、現金な奴めぇ
しかし、非常灯のみがまばらに点くデパートとは、なんと暗いものか。
絵里香ちゃんに言われるまでもなく、足元をしっかり確認しないと上がれない。おまけにあちこちで子供の泣き声はするわ、客が店員に食ってかかる濁声もするわ……この停電じゃ、店員責めたってしょうがないと思うが。
「あたし、夜目が利く方だから、先に屋上まで上がって、問題ないか見てきましょうか?」
「ごめん、頼めるかな!?」
渡りに船とばかりに、俺は頼んだ。
まあ、一分か二分の差でしかないだろうけど、どうも気になるし。
現に、可憐と繋がる糸が、未だに俺を引っ張る気配がするのだな。やはり、なにか異常が起きてる気がする。
「わかったわ!」
絵里香ちゃんは頼もしく答え、たちまち俺を抜いて階段を駆け上がっていった。
他にも大勢が(暗いから)慎重に下りてくる中、絵里香ちゃんのみが風のように駈け上がっていく。
どんな視力してんのか、本当に忍者も真っ青の判断で、点在する人をパスしていくのだな。
よ、よし……これで大丈夫だろう。
いや、俺も任せてばかりじゃなく、急ぐけど。
結局、デパートは八階建てだったので、俺が屋上に着いた時には、一、二分の差どころか、たっぷり四分近く経っていた。
いやホント、日頃の運動不足を実感したね!
呼吸も乱れまくりだし。
ただ、屋上は屋外だけに、かえって非常灯のみの屋内よりは明るく、俺はたちまち、最初に見た場所に立つ可憐を見つけた。
急いでそこへ駆けつけようとすると……なぜか手を掴まれた。
「絵里香ちゃん?」
「しっ……よく見て」
手を繋いだまま、絵里香ちゃんが囁く。
「なんだか妙なことになってるわ」
「えっ?」
言われてよく見ると、なるほど妹は一人ではなく、サマースーツ姿の二人の男が、前に立っている。
これが路地裏とかなら危機感溢れる感じだが……この屋上には、他にも客がかなりいるからな。黒スーツだし、言われなきゃ気付かなかっただろう。
「そっと近付いて立ち聞きしたら、なんだか妙な質問してるのよ」
「なるほど……そりゃ気になるね」
俺達は頷き合い、うろうろする客の間を抜け、遠回りして妹に近付く。普段なら、めざとい可憐はすぐ気付いただろうが、今は薄暗いからな。
やがて、俺にもその「会話」とやらが聞こえてきた。
「――つまり、君はそんな人、知らないと?」
「知りませんよっ。問題のサイトだって、何度かアクセスしただけなのに。誰ですか、イヴって? 日本人ですか?」
スーツ男の質問に対し、可憐は不安そうに首を振る。
おおっ、不安そうな割に、大嘘こいてるな可憐。
こいつも同じメールを受け取っているはずだから、知らないはずないし。
もう片方の男が肩をすくめた。
「ふむ? いや、そう緊張しないで欲しい。我々も、特に君に問題があると思っているわけじゃないんだ。ただ……ちょっと調べていることがあってね。君の中学の友人が、君なら知ってるかもと言うので」
「ええっ!?」
「詳しくは言えないけど、不思議なメールをもらったとか……高崎美奈子という名の級友が、そう教えてくれたよ。自分には届いてないのにずるいと愚痴ってたな」
名字は初耳だが……美奈子っていうと、前にアヘ顔がどうのって可憐をからかった女の子か? 日記でしか知らないけど。
ロクな友人じゃないな、おい。
「メールは確かにもらいましたけど、それってアマゾンの安売り案内のメールですよ。あの子に言わなかったのは、後でそう気付いたからです」
「なるほど」
最初の奴がまた頷く。
「それじゃ、『選ばれた百人』というキーワードに聞き覚えは? これは、我々が問題にしているメールを、実際に受け取った者の証言だが」
「だから、知りませんっ」
そのセリフって、もらったメールにあった、『貴方は選ばれた百人の中の一人です』って部分か? こりゃこいつら、狙って質問してるのは確かだが、問題はどういう意図の質問かだが……気丈な受け答えの割に不安そうな可憐を見て、俺は黙って観察するのをやめた。
本当はそうした方がよかったのかもだが。
「なあ、俺の妹になにか用かな」
つかつか歩いて接近すると、男二人はさっと振り向いた……ていうか、こいつら二人とも、生粋の日本人じゃないような気がする。
どう見ても日本人っぽい顔じゃないし。
「兄さんっ」
おおっ、いつも売れ残りのモヤシを見るような目つきの可憐が、珍しく嬉しそうに駆け寄ってきたぞ。
こいつぅ、現金な奴めぇ。
ちょっと可愛かったので、たちまち俺の背に隠れたのも許してやろう、うん。
「……君は?」
「質問の途中だったんだが」
でもって、迷惑そうに俺を見るスーツ男達である。
「知らないよ、そんなの」
こいつらメン・イン・ブラックとかじゃないだろうな? ありゃUFO関連だから違うか。とにかく、俺は顎を上げて言ってやった。
「普通、停電したデパートの屋上で質問なんかするの、おかしいだろ? 妹も俺も未成年だしな。あんたら、どこの人? 警察とかなら、なにか身分証明するものは?」
「それは……言えないな」
やや身長が高い方が、顔をしかめて首を振る。
暗いからアレだが、中年以上に見える。日本語は完璧なのに、やっぱり日本人には見えない。
「言えないなら、質問に答える義務とかないはずじゃ? だいたい、暗いのを利用して近付いた痴漢かもしれないし。大声でそう叫ぼうか?」
「君にそんな度胸が」
馬鹿にしたように低い方が言いかけた途端、俺は声を大にして叫んでやった。
「みんなあ、気を付けろおっ。ここに痴漢がいるぞおっ。二人組だあっ。女の子連れた人は要注意だからあああああっ」
おお、効果てきめんだな。
屋上の客がこちらを一斉に注視した途端、逃げるように去って行ったじゃないか。
「やっぱり、後ろめたい理由なのかねぇ。なあ――」
――可憐? と訊く前に、妹が背中から抱きついてきた。
少し震えていたところを見ると、本気で不安だったらしい。
ちなみに絵里香ちゃんが、素早くその二人の後を追っていくのが見えた。
こっちを向いて、一瞬だけ手を上げてくれた。
心配しないでってことだろう……いや、追いたいのは山々だけど、可憐がすぐには離してくれそうもないな。
こちらも、いつも忘れた頃のお礼ですが。
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