暗闇がこわい
この期に及んでトイレの心配などしていた俺だが、カウントダウンがゼロになっても、特に何かが爆発したり、あるいはおもちゃのアレみたいに、誰かが空へ吹っ飛ばされたりとかはなかった。
しかし……どうしてAIを自称するイヴとやらが、俺達を高所へ誘導したのか……その理由はすぐにわかった。
たちまち、闇が全てを呑み込んでいったからだ。
……ある地点から順番に、パッパッパッと瞠目すべき早さで、街の明かりが消えていく。
消えていくというのは文字通りの意味で、建物の明かりから街灯から、果ては信号機に至るまで、墨汁を流し込んだような闇の中に沈んでしまったのだ。
残ったのは、車のライトくらいだろう。
場所が場所だけに、ここからだとかなり先まで見える。
東京都内全域ではないが、俺達が住むこの街を含め、かなり広範囲でそっくり明かりが消えた。
「停電なのっ!?」
「大丈夫だっ」
身構えた絵里香ちゃんの声に、高原が頼もしく宣言する。
「六本木ヒルズと同じく、このマンションも自家発電を導入済みだ。もうすぐ、ここだけは回復するさ」
「おおっ」
「おぉー」
俺が感動して叫び、空美ちゃんが面白がって追従する。
「さすが、二人の未来のお部屋なのよー」
本当にここを借りる気、満々らしい。
ただ、やはり不安らしく、すぐに俺にしがみついてきたけど。
一旦は暗くなったものの、一拍置いて、遠くでウィィィンと何かが起動するような音がして、本当にこのビルだけ明かりが回復した。
暗闇の部屋に灯るキャンドルも同然で、感心した俺は絶賛してやった。
「さすが金持ち、腹立つほど不公平だなっ」
よく考えたらあまり褒めてなかったが、どのみちそこまでだった。
せっかく電源が回復し、ヘリポートも明るく照らされたのに、ふいにブツッと歪な音がしてまたしても全て消えた。
「おわっ」
「消えちゃったわよ?」
「暗いのはきらいなのよー!」
俺を含めて全員が高原を見たが、こいつは無責任に肩をすくめてくれた。
「やっぱ大丈夫でもなかったな」
「おいぃいいっ」
思わず呻いたが、追いつかなかった。
幸い、今宵は雲が少なく、月が明るいが……それでも、都内では経験したことのない暗闇に戸惑う。
こんな近い距離に立っていても、お互いの顔すらろくに見えない。
「暗いのいやー」
空美ちゃんがいよいよ俺にキツくしがみついた。
俺も誰かにしがみつきたい気分だったが、あいにく絵里香ちゃんまで俺にしがみついてくるという。
「まさかのために、くっついてた方がいいわよね。暗いのあたしも嫌いだしっ」
「さ、賛成であります、うん」
彼女の香りに包まれた上に、意外なほどしなやかな身体にドギマギし、俺は照れ隠しに高原を見た。
「これって、マジでイヴがやってんのか?」
「だろうな」
あくまで冷静な高原に、俺は顔をしかめる……どうせ見えないし。
「なんの目的があって!?」
「自分で臭わせてたじゃないか。能力の誇示だろ。自分が本気になれば、どれだけのことができるかと。実際、ここまで完璧に停電を演出できるってことは、大抵のことは可能かもしれないぞ」
冷静な解説はいいが、周囲に他人がいない俺達はともかく……周囲ではそろそろ騒ぎが広がり始めている。
下界で派手なスキッド音がした。
次に、どっかのショールームにトラックでも突っ込んだのか、壮絶な破壊音とガラスが大量に割れる音がしたかと思うと、悲鳴があちこちから聞こえた。
また忍者歩きで、俺はそろそろと移動し、端っこ……に近い場所から下界を見下ろしたが、一応、道路はそれなりに明るい。
車のライトがあるからだろう。
とはいえ、信号が機能していないせいか、既に事故ってデパートに突っ込んでいるトラックが見えた。さっきの音は、あれだろう。
て、それよりっ。
そのデパートの屋上を見れば、端っこにいる可憐がうずくまっているように見える。場所を移っていないなら、多分間違いないと思うけど。
「そういやあいつ、暗闇も苦手なんだった!」
俺は慌てて叫んだ。
「おい、イヴっ。いい加減で元に戻せ!」