八畳間から、4LDKへ
遥か上にある、航空障害灯の光を見上げている間に、高原は入り口のオートロックの鍵を解除してくれた。
さらにもう一つ内側のドアを、そばにある番号キーに暗証を打ち込んで開けると、俺達は静まり返ったロビーに入った。
そのまま、人の気配がないエレベーターホールから、全員が同じケージに乗り込む。
「誰も住んでないのに、電源は生きてるのなあ」
俺が感心して呟くと「もうすぐ、モデルルームの公開が始まるからな。テストを兼ねて、もう普通の状態にしてある」と高原が教えてくれた。
「すげーなー」
「安ければ、一部屋借りたいの~」
猛スピードでケージが上がる間、空美ちゃんがため息交じりに言った。
実感が籠もっていた!
「ここのメインは4LDKだが……誰かと同棲するなら、破格で貸してやるぞ? ケージのコレだしな」
なぜか俺を横目で見て、高原が小指を立てた。
下品な仕草は置いて、なにを言い出す、なにをっ。
「お、おまえな――」
「ちょっと!」
俺はともかく、絵里香ちゃんが眦を吊り上げ、空美ちゃんが「わーーいっ!」と本気で破顔した。
「それでぇ、シキキン(敷金か?)とお家賃とチュウカイ手数料は、おいくらですかー」
なな、なんという、超具体的な質問っ。しかも、わくわく顔で!
もしかして、勉強したのかっ。
「水臭いこと言うなよ。ケージと住むなら、敷金はサービスしてやるさ。このマンションがなくなるまで、月一万でどうだ?」
「借りた!」
いきなり絵里香ちゃんが手を上げた。
「あたしが借りたわっ!」
今度は空美ちゃんがまん丸に目を見開く番だった。
「空美とおにいちゃんのお部屋なのおっ」
「さすがにこれは、空美ちゃんにも譲れないわよっ」
「はははっ」
火種を作った張本人は、愉快そうに笑いやがる。
「じゃあ、二人とも同じ条件でいい。可憐が後から申し出たら、あいつも同じ条件かな。まあ、身内価格で九千円か」
「一気に、わらしべ長者みたいにおっきくなったのよ!」
両手を広げて、俺にうきうき報告する。
「最初、八畳間の予定だったのにね、ねっ?」
『八畳間ぁ?』
あぁ、高原と絵里香ちゃんの声が重なった。
途端に、慌てて空美ちゃんが両手を口に持っていった。
「な、なんでもないのよっ。こちらのお話なの」
あぁああ、空美ちゃんっ。今の、マジでわざとじゃないだろうなっ。
幸い、俺が「雑談の中で出た話だって」と言い訳した直後、エレベーターはようやく到着した。
明らかにニヤついた馬鹿……の高原が俺達を案内したのは、正確には屋上のさらに上だった。
なんと、建物の外にややせり出した円形の場所……つまり、ただっ広いヘリポートである。屋上からさらに鉄階段を上り、ようやく出たところだ。
「よし、ここなら見晴らしが利く」
いや、それより――。
「外にせり出してる部分もあるのに、柵がないぞ?」
俺が指摘したが、「ああ、それはわざと一番最後にしてもらった。俺が最後に見てみようと思ってな」なんて種明かしをしてくれた。
「風も吹きまくりなのに、そんな無茶なっ」
俺の血の気が引いた途端、スマホが振動した。
「わっ」
慌てて取り出すと、非通知である。
「……あんまり出たくないな。非通知にいい思い出ない」
迷っていたが、あいにく出なくても同じだった。
『ならば、スピーカーを通して話しましょう』
ふいに近くから素っ気ない声がして、俺はてきめんに背筋が伸びた。
しばらくの間更新していた、「アラサーで恋愛最底辺の俺の元へ、アイドル達が押しかけてきた」が、本日、一応の終了を迎えました。
もしよろしければ、どうぞ~。