空美ちゃんの不安と、望み通りの高所
ともあれ、食事の時間はさらに雑談の時間となり、最後に空美ちゃんの悩みを聞いて終わった。
夏休みが終わった後の、小学校への編入について、空美ちゃんは深く悩んでいるらしい。
「今から小学校へ戻って、うまくやっていけるかなぁ? お友達できるかなぁ?」
切ない瞳でそんなこと訊かれても、俺も困るのだが。だが少なくとも、無責任に「平気平気、空美ちゃんなら余裕」とか、そんな適当なことは言えなかった。
だから俺は、「それは編入してみないとわからないけど……少なくとも、俺はずっと友達だよ」などと――。
後で思い出したら、恥ずかしくてのたうち回りそうなことを言ってしまった。
本気の言葉だが、あまりにもこっ恥ずかしい。
おまけに肝心の空美ちゃんは、びっくりしたように瞳を見開き、「おにいちゃんは友達じゃないのよっ」と言うではないか!
お、俺の純真な気持ちがっ。
……てな感情が窺えたのか、空美ちゃんは少し考え、言い直した。
「じゃあね、○○兼友達で」
ちなみに、○○の方がメインらしい。
いやそうじゃなく、○○の部分が声小さすぎて、聞こえないんですけどっ。
俺は空美ちゃんと違って、オールドタイプなんだって。
しかし、空美ちゃんがあまりにも「おにいちゃんはわかってるものね!」的な目で見るので、「え、聞こえないよ?」とは、なかなか言いにくかった。
俺はホント、余計なところで見栄を張るからな。
ファミレスを出ると既に夕暮れ時で、なんと俺達は数時間もあそこにいたらしい。
いやホント、俺達が一番びっくりしたぜ。
集合時間を覚えていたからいいようなものの、さもなきゃ夜までいたかもしれん。
しかも店を出る寸前に、可憐からスマホにメッセージが来て、『今夜は少し用事があるので、帰宅が遅くなります』とあった。
「さてはあいつ、俺達と同じく、例の謎メッセージ見て、高いところへ上る気だな?」
返信に、『了解、じゃあ空美ちゃんと外で食べる』と打った後で、俺は呟く。
空美ちゃんもその意見に賛成らしい。
「おねーちゃん、こっそり仲間入りに、すごく期待しているみたい~」
「まあ、俺もいろんな意味で期待しているが……さすがにバレると思うけどなあ」
素直にまざればいいのにというか、今からでもそうすべきかねぇ。
しかし、とりあえず今は既に待ち合わせ場所の公園前だし、もう遅い。早くも、高原と絵里香ちゃんが、同時に姿を見せてしまった。
絵里香ちゃんはもちろん、最寄りの駅から歩いてきたらしいが、高原はなにやら黒いセダンで到着して、後部座席から降りてきたという……おまけに、運転手に向かって、「ご苦労さん」と声をかけていたな。
「相変わらず、高校生とは思えん登場の仕方する奴めー」
「俺も散歩がてら来たかったんだが、なにしろ仕事が入ったからな。だが、今からは俺の時間だ。AIのイヴとやらがなにを見せるつもりか、実に楽しみだな……くくく」
空美ちゃんと絵里香ちゃんには軽く頷くのみで、俺には嬉しそうにそんなことを言う。ていうか、含み笑いやめろ。
空美ちゃんの方が「高原さん、こんにちはー」とせっかく明るく挨拶したのに。
「二人で集合だと思ったのに、結局、フルメンバー?」
苦笑気味に絵里香ちゃんが言う。
「空美ちゃんは、こっそり作戦はもうやめたんだって。でも、妹はまだ継続中らしいから、今日は四人だけ。そういや、薫は?」
逆に高原に訊いたが、こいつは無情にも「さあ?」と首を傾げた。
「とんとそんな話しないから、おそらくメンツに選ばれなかったんだろう……どういう基準か知らんが」
「それで、高い場所ってどこ?」
絵里香ちゃんが期待に満ちた顔で割り込む。
選ぶ方は高原任せだったので、俺も知らない。
「この近くにタワーとかあったか?」
「目の前に、馬鹿みたいに高いタワーがあるだろ?」
期せずして、高原以外の全員が、こいつが示す方向を見た。
「もしかして……この新築マンションか? マンションつか、絵里香ちゃんトコのタワーマンションより高いけど」
「本当ねぇ。お値段的にも高いんじゃない、ここ? そもそも、入れるの?」
「問題ない。売り出す前の物件だから、まだ誰も入居してないしな」
……つまり、財閥傘下にある、不動産会社の持ち物件か!
「い、今更驚かないけど、おまえ本当に俺達の想像の斜め上を行くなあ」
「せっかくだから、邪魔が入らない方がいいだろ?」
「そりゃそうだけど」
俺は肩をすくめた。
嫉妬心すら起きないぞ、このレベルの金持ちになると。
「ちょうど日も暮れてきたし、さぁ行こうっ」
高原の号令と共に、俺達は一斉に動き出した。
たまたま、俺が一番最後尾であり、使用人ポジション丸出しだった。
ああ、別に僻んでないさっ。