過去世の記憶……キス
ちなみに、空美ちゃんに訊いてみたところ、可憐はこの子にも「こっそり別人として近付き、仲間にっ」という計画は話していないようだ。
まあ、俺だって元を正せば、夜中にそんな独り言を呟いているあいつのセリフを聞いただけなんだが。
「で、いま可憐は?」
「あのね、お買い物にいくって、昼過ぎから出て行ったのよ~」
「そうかぁ。そりゃ多分、夕食用だろうけど、俺達は外で集まる約束しているわけで……夕食はここで食べられないなあ」
まあ、それは可憐に後で言い訳するとして、考えてみたら、昼飯だって食べてないしな。
「空美ちゃんは、お昼食べた?」
「まだー! おねえちゃんがお昼用にってサンドイッチを用意してくれたけど、それはお夜食用にする~」
「や、昔の可憐みたいだな。ていうか、あいつは今でもダイエットとか称して、しょっちゅうメシ抜いてるけど」
どうせ今日の昼も抜くつもりだろう。
「あのね、本当はね」
ふいに空美ちゃんがひそひそと教えてくれた。
「そばで見ていて、空美も今から体重管理しないとって思ったの。おにいちゃんも、その方がしょうらい、嬉しいでしょ?」
意味深なことを述べ、真っ黒な瞳でじいっと俺を見つめる空美ちゃんである。
まだ腕に抱いたままなので、めちゃくちゃ距離が近い。
前に見た夢が未来の可能性だとすると、この子は今の段階で、もはや将来の超美形かつ、モデルクラスのスタイルが約束されているわけだ。
そのせいか、見つめられると、たまに俺ですらどきっとする。
し、しかも(俺が)「嬉しいでしょ?」ってのは、もしかして以前の「将来は八畳間に二人で住もうねっ」という話の続きだろうか。子供だからすぐ忘れるだろうとか、甘いこと考えて迂闊な発言しちゃ駄目だな。
別にからかう気なんか最初からないけど。
「おほん」
結局俺は、咳払いで誤魔化し、空美ちゃんを降ろした。
「とりあえずさ、俺はお腹空いたんだよ。外に食べにいくけど、空美ちゃんも一緒にどう? もちろん俺の奢りで」
やはり、昼を抜いてるだけに、お腹は空いてるらしい。
可憐の真似をしてダイエットするつもりだったらしいが、結局少し考え、空美ちゃんは妥協した。
「や、やっぱり……ダイエットは明日からにするのよ」
「はははっ。いや、そもそもダイエットなんてまだ全然必要ないからっ。さ、行こう」
「うんっ」
自然と空美ちゃんが手を繋いできて、俺達は仲良く外食に出かけた。
……しかし、夜に出かける時には、どう可憐に言い訳するか……ちょっと悩むな。
外食は近所のファミレスでランチを食べただけだが、意外なほど楽しい時間となった。
というのも、空美ちゃんと俺は初対面からそんな時間が経っていないというのに、なぜか驚くほど話が合うのだな。
十歳の女の子と話が合うのって俺やべーと思わないでもないが、俺が幼稚というよりは、空美ちゃんの中身が同年代の子よりも成熟している気がする。
十年もコールドスリープで強制睡眠されていたことも、多少は関係あるかもな。
ただ、俺の推測と違い、空美ちゃんにはなにやら確信があるらしい。
「あのね」
食後のココアを飲みながら、空美ちゃんはまた俺をじっと見つめた。
ボックス席だけど、正面には座らず、なぜか俺の横に並んで座っている。
ココアの入ったマグカップを小さな手で抱えるように持っていて、やたらと大事そうに飲んでいた。
一口飲んだ後、当たり前のような顔で続ける。
「空美とおにいちゃんは、前世からの縁があるんじゃないかなぁって、この頃そう思うようになったのよ」
「転生輪廻かー……」
俺は笑わなかった。
「アメリカとかじゃ、転生の証拠が幾つも見つかってるらしいね。前の人生で一緒だった当時の家族まで思い出したりする例もあったりして。そういうの、真面目に研究する人が大勢いるんだよなあ、向こうは」
あ、雑談にしては難しい話かなと思ったが、逆だった。
大人しく聞いていた空美ちゃんは、むしろ目を輝かせた。
「空美、昔の人生のことかな? という光景を、夢で何度か見たりするのよ」
「へぇえええ、どんな!?」
自分も未来の可能性かと思える夢を見ているだけに、俺は俄然、興味が湧いた。
「それぞれの夢は全部違う時代だけど(マジかっ)、一番最近のはね、多分、大正? くらいの時代。空美はね、お、おにいちゃんとキスているところとか、繰り返し夢に見るのよ」
ほんのりと赤い頬で、とんでもない告白をしてくれた。
途端に、こっそり聞いていたのか、斜め前の疲れ切った顔のおじさんが、食後のコーヒーを思いっきり噴くのが見えた。
……むせてるしな。まあ、気持ちはわかるが。
しかし俺とキス? え、本当に過去世で、空美ちゃんがそばにいたこともあったってことかぁ?
意表をつかれた俺が呆然としていると、なぜか脳裏に担任の魔夜ちゃんの顔が浮かんだ。
いや……いやいやいやっ。まさかな。た、たまたまだろうさ。