無重力な悪戯
教師に抱き締められたという驚天動地の直後のせいか、俺もだいぶ動揺していたが、それでも先生に捕まる前に高原にメールだけはしておいた。
お陰で、昇降口の前で、本人が待っててくれたのはいいが……これがまた、すげー不機嫌な顔で仁王立ちしていた。
「おい、話があるから待っててくれというのはいいが、自分はHRをサボった挙げ句、今頃来るとは何事だ!?」
そこで、わざとらしく声を大にする。
「どうしてそこで、俺もサボりに付き合わせるという、発想が出ないんだ!?」
……そっちかよ。
まあ、こいつらしいが。
「あ、悪い……ちょっと先生に呼ばれてな」
俺は慌てて言い訳したが、高原はなぜか鼻をひくつかせ、微妙な表情で俺を見た。
「おまえ、魔夜ちゃんとそんな関係だったのか?」
「――! いぎっ」
幸い、そこらにいた他の生徒には聞こえなかったようだが、それでも俺は肝を冷やした。
「めったなこと言うな、馬鹿っ。本気にする奴がいたら、どうする!?」
「別に俺はどんな関係とも言ってないが、しかし彼女の香りが伝染してるぞ? 年上と逢瀬を重ねるのはいいが、おまえの場合、あちこちで問題が起きそうだよな」
一転して愉快そうに言いやがる。
「いや、そんな話じゃない……た、多分だけど」
途端にまたなにか言いかけたので、俺はわざとらしく本題に入った。
「それより、聞けって。実は絵里香ちゃんも謎メール仲間だったのが判明したけど、あの子の場合、余計な伝言まであったらしい。しかも、俺達宛に」
「……ほう?」
よしよし、たちまち興味が移った感じだな。
高原はこういうネタに弱いから、助かった。
「まあ、その辺をつらつら話すから、とりあえずとっとと学校を出よう」
「うむ。詳しく頼む」
自分で宣言した通り、俺は高原に絵里香ちゃん情報をたっぷり聞かせてやった。
「実は、夜に入ったらすぐ、集まる約束をしているんだが、おまえも来るだろ?」
「もちろん行くが、集合時間までにだいぶ間があるだろ? おまえの場合、一旦帰宅したりすると、妹に捕まるんじゃないか?」
すげー嫌な言い方だが、あり得る話だった。
俺がどこかへ外出しようとすると、かならず行き先を気にするからな、あいつ。
「しかし、今回は大丈夫じゃないか? どうせ似たようなメールが、空美ちゃん達にも来てるだろ? ゲームでこっそり俺達のグループに入るという目標がある以上、あいつだって招待メールのことは秘密にしたいだろうし」
「……そもそもだ、これは当初考えていたような、普通のゲームかな?」
高原はなぜか、俺がほのかに思っていた、そのままを口にした。
「それは俺も疑い始めてるけど、あのメールじゃ本人が『オンラインゲーム「エターナルキングダム」内に、私はいます』とか断言してただろ。そこがステージだとも」
「本当にそこをステージにするなら、おまえがメールで教えてくれた、『ゲームに必要な機材を送ります』なんて行為は、必要ないぞ? 俺も登録しようとして同じメッセージが出たんで、どうやら俺達は機材必須らしいが」
「……一般プレイヤーは、特殊機材なんかいらないってことか?」
画面に出た謎メッセージを思い出し、俺は顔をしかめる。
ちなみに、昨日の今日なので、もちろんまだ届いてない。
「いらないね」
高原は断言した。
「後でゲーム系の掲示板で調べたけど、エターナルキングダムってのはAIがやたらと優秀って以外は、特に奇抜なストーリーでもシステムでもないらしい。PCかスマホと、ゲーム用のVRバイザーがありゃ、それで足りる」
「……なるほど、そりゃ怪しいな」
さすがに俺も頷き、帰路に二人で話し合ったが……予想していたようなゲームじゃない可能性がある? 程度の推測しかできなかった。
まあ、伝言で指示された通り、夜になれば高所に移動すれば、なにかわかる……かもだが。
その前に、ひとまず夜まで休憩して、ちょっと食事でも……と思って帰宅したが、そこでいきなり俺は度肝を抜かれた。
なんか今日は、朝から驚くことばかりだ。
いや、「た、ただいま?」と用心深く声に出し、リビングへ入った刹那――突如として、俺の鼻先に大きな瞳がばばっと出た。
しかも、逆さ向きに!
「――ばあっ!」
「ひっ」
我ながら情けない声が出たが、無理もあるまい。
普通、幼女が重力を無視して、ふいに上から降ってくるとは思わない。
……しかもこの空美ちゃん、わざわざ自分の力で逆さに浮かんでいるんで、上から出現するまで全然気付かなかった!
「な、なんだっ」
「ごめんなさいぃ~」
俺があまりにたまげたせいか、空美ちゃんは空中で器用に姿勢を変え、コアラあの赤ちゃんみたいに俺の胸に抱かれた。
いや、当然のようにしがみついてきたので、それはもう支えるしか。
「あのね、多分おにいちゃんも同じメール来てるだろうから……空美はもう、ないしょはやめて、最初からおにいちゃん達といっしょにやろうかなって」
「あ、ああ……そういうことか。あの謎メールの話ね」
だからって、いきなり帰宅直後に驚かさなくてもと思うが……それは空美ちゃんの愛らしさに免じて許す。とはいえ、ジーンズのショートパンツだったからいいようなものの、スカートで逆さだと、すげー格好になってたぞ。
空美ちゃんは気にした様子ないけど。
「そうそう、そうなのっ。さっき、『夜になったら、なるべく高い場所に集まってほしい』って、不思議なメールも追加で来たのよ。だから余計に、おにいちゃんと行きたいなぁって思ったの」
「へぇえええ、空美ちゃんにも来たのか。俺、そっちは絵里香ちゃんからの伝言だったのにさ」
してみると、別行動を阻止しようとしてるのかね……イヴとやらが。
「絵里香さんもメールメンバー? じゃあ、みんなで今夜、集まるでしょ?」
わくわく顔で空美ちゃんが破顔する。ちなみに腕から降りる気はないようだ。
「それなら、空美もいっしょに行きたいのっ」
「いいよ、もちろん」
危険はないだろうし、まあ反対はしないけど……やっぱりみんな、あの謎の指示は気になるらしいなあ。