よし、今度からフランソワーズとか呼ぼう!
用意がいいことに、高原は大判のバンドエイドを持っていた。
とりあえずそれを傷口に貼り、さらに首筋にハンカチを当て、俺は高原と一緒に裏口へ走った。
薄闇でも、血で染まったハンカチは目立つらしく、女の子達はぎょっとしていた。
「兄さんっ、どうしたんです!」
「おにいちゃん、お怪我したのおっ!?」
「敵かしらっ」
薫を除く女の子三人に、俺は無理して笑いかけた。
「へ、へーきへーき……まあ、痛いけど死にはしないさ。逃げながら話すから、さあ、行こうっ」
高原は恐ろしく要領よくやってくれたが、しかしいかに手際がよかろうが、カッターナイフで肉を抉るってのは、激しく痛い。
俺は拷問に遭ったら一分保たないなと、痛感した。
ただ、目的は達して、銀色に光る小さな金属カプセルみたいなブツは取り出せた。米粒と変わらないような大きさだったが。
ちなみに、ここへ来るまでに俺達は地下フロアに寄って、そのカプセルを隠してきた。あれのせいで俺の位置が把握されてるっていうなら、多少は効果ある……かもしれない。
「とりあえず、アレが時間稼ぎになるといいがな」
裏口のドアを開けると同時に呟くと、高原は「多少はごまかしになるだろう」と同意してくれた。
しかし、タイミングとしてはギリギリだったらしい。
全員が外に出て、裏口のドアをそっと閉めた途端、ホテル内からガラスが一斉に割れる音がした。
侵入してきたのだ!
「よ、よし、静かに走ろうっ。ただし、目立たずに!」
高原から借りた懐中電灯を消し、俺は代わりに空美ちゃんを抱き上げる。
可憐が「ああっ」と声を上げたが、構ってる場合じゃない。
今はなるべく明かりを点けない方がいい。俺達の前には小さな小道があるが、これがどこに続いているか、俺は全然知らないしな。
「暗いけど、空美ちゃんならわかるだろう? 俺達の目になってくれ! 例のトンネルまでガイド頼むなっ」
「――っ! うんっ。空美、おにいちゃんの役に立つのっ」
月明かりしかない中、俺にお姫様抱っこされた空美ちゃんが、大きな瞳を見開くのがわかった。感激したように何度も頷き、まっすぐあらぬ方を指差す。
「このまま、まっすぐなのよ! しばらくそのまま走ると、あの地下トンネルの手前で、大きな道に出る曲がり角があるのっ」
「よしっ」
頼もしい言葉に従い、俺以下、全員が走り始めた。
月明かりといっても、今は別に満月でもないので、ほぼ暗闇に等しい。せいぜい、足元の小道がぼんやり見える程度だ。
それも気を張ってないと、すぐに見えなくなりそうである。
急ぎつつ、俺が高原にインプラントを始末してもらったことを話すと、みんな息を呑んでいた。
おう、どんどん同情してくれ。今でも無茶苦茶、肩が痛いしっ。
そのせいもあり、くらっときて何度も道を逸れそうになったが、その都度、空美ちゃんが「道から外れそうなのっ。右へ少し戻って!」などの修正指示を出してくれた。
すぐそばはもう樹海だから、とても有り難かった。
最初から疑ってなかったが、やはりこの子はなんらかの手段で周囲がちゃんと見えているのだ。それどころか、かなり遠くまで把握しているような気がする。
よし、今度からフランソワーズとか呼ぼう!
いやもう、そんな馬鹿なことでも考えてないと、足が震えるわー。背後のホテルじゃ、相変わらず破壊音しまくりだし。
「わ、わたしだって見えますし!」
可憐が俺の左手を併走しながら愚痴ると、同じく右側を併走する絵里香ちゃんが、「あたしこそ、完璧に夜目が利くんだけどっ」と、珍しく怒ったように言ってきた。
……だけじゃなくて、走りながら肘鉄くれた。
これがまた、軽くやった程度なのに、超痛いっ。予想以上に怒ってるらしい。
「いでえっ」
声を上げちゃ駄目だというのに、思わず声が洩れたがなっ。
俺は怪我人だぞ!
「わかったよ、わかった! みんなすげーな、うん。見えないのは俺だけかもしれんっ。だけど今は、フランソワーズに任せよう。もう走ってるんだしっ」
小声で返事した途端、高原が背後で笑う声がした。
「誰ですか、それっ」
「お兄様は知ってるんですね?」
可憐と、そして後ろから薫の声がした。
「あと十歩で右へ曲がる道があるのよっ」
「わたしが指示しますっ」
「だから、一番はあたしだってば!」
「いやいや、見えた、俺にも見えたっ」
喧嘩している間に、俺は空美ちゃんの指示通り住宅と住宅の間の細い道へと折れ、そしてすぐに元のメインストリートへ戻った――が。
確かにすぐそばにトンネルの入り口が見えたが、ホテルの方を振り向くと、例のチビ黒服共が、大勢走ってくるじゃないか!
どうやら、偽誘導作戦は、もうバレたらしい。
しつこいぞ、ちくしょうっ。