人ではない集団
周囲が真っ暗になり、可憐の悲鳴まで聞こえたのに、俺が騒がなかったのは、もちろん肝が据わっていたからではない。
単に、空美ちゃんがそばにいたからだ。
保護すべき子が頼ってくれてるのに、俺が真っ先にヘタれるわけにもいかない。
「大丈夫だ!」
幸い、高原の頼もしい声がして、すぐに明かりがついた。
……つっても、スマホの電灯アプリだったけど。
「あ、そうか。それがあるなっ」
「薫が荷物持ってきてくれたら、懐中電灯もあるぞ」
「そっちは任せる。俺は、可憐の様子を見にいくっ」
きっぱり言い放ち、俺も自分のスマホを取り出し、アプリを起動させた。タップ一発で明かりが点灯するこのアプリ、初めて有効な場面で使った気がする。
「おにいちゃん、お外にっ」
「えっ!?」
手を繋いでいた空美ちゃんが、ぱっと外を指差した。
もちろん窓越しだが――。
「なにも見えないけど?」
「……こっち!」
空美ちゃんが手を引いて、俺を窓のところまで移動させる。
その上で、メインストリートのずっと奥――例のトンネルがある辺りを指差す。
最初は、なにを指摘しているのかわからなかった……が、暗闇になれるにつれ、俺にもおぼろげながら見えた。
「だ、誰か――いや、複数の誰かがこっちくるぞっ」
「ぬうっ」
同じく見つけたようで、高原が唸った。
「まだ黒い影のようにしか見えないが……あいつら全員、背が低いぞ……それも、かなり」
「普通の人間じゃないのよ、あの人達っ」
空美ちゃんが珍しく怯えたように俺の腕にしがみつく。
「だって、人のリンカク(輪郭か?)の奥に、他の骨格が見えるもの!」
「なんだって?」
高原は眉をひそめたが、俺は空美ちゃんの発言を疑わなかった。
俺達はともかく、この子がそう言うなら、きっと本当にそんなのが見えたんだろう。
「高原、おまえも上へ来いよっ。とにかくみんなと合流した方がいいっ」
下手すると、一人で突っ込みかねない奴だから、俺は高原も促した。
「……そうだな、よし」
幸い、頑固な高原も応じてくれて、俺達はスマホの明かりを頼りに、その場から遠ざかる。もちろん、目指すは階段である。
俺は空美ちゃんを背負い、慎重に階段を駆け上った。
途中、「なんなのようっ」という、微かな声がした……これは、薫かっ。
「大丈夫だっ」
自分に言い聞かせるように、高原が呟く。
「声に緊張感がない。停電したせいで、思わず――といったところだろう」
「確認してやってくれ! 俺は可憐の無事を確かめてから、絵里香ちゃんの様子を見に行く。俺の部屋に集合でどうだ?」
「わかった!」
三階へ着いたと同時に、俺達は頷き合って左右に分かれた。
自分の借りていた端っこの部屋には、既に黒い影が立っていて、一瞬ぎくっとしたが、空美ちゃんがすぐに「絵里香さんっ」と嬉しそうに声に出した。
「え、絵里香ちゃんか!」
「そう、あたしよっ」
スマホの明かりにぼんやりと浮かぶ本人が、ほっとしたように手を上げた。
「停電した直後に可憐ちゃんの悲鳴が聞こえたから、慌てて飛んで来たの」
「ありがとうっ。今、開けるよ!」
鍵を出そうとした瞬間、先にドアが開いて、何かが飛び出して来た。
「おにいさまぁああああっ」
「わあっ」
柔らかくてしなやかで、覚えのある髪の香り……なんのことはない、可憐本人だった。
「な、なんだ……無事だったか……脅かしやがって」
「まっ、真っ暗になって、こわかった! こわかったですっ……ぐすっ」
……そういえば、こいつは闇にもとことん弱いのだった。
忘れてたな。
「まあ、無事でよかったよ。落ち着け、なっ」
「落ち着いている場合じゃないですっ」
可憐が俺の身体を揺すりまくる。
「窓から外を見てくださいっ、なぜか包囲されつつあるんですよ、わたし達っ」
「ええっ!?」
するとなにか? さっき外に見えた連中が……ここを?
俺は真っ先に部屋に入り、窓へと走った。