可憐の悲鳴
そして、まあ無理もないことだが、みんな少しばかり憂鬱そうな顔であり、唯一の例外は「これからが、山場だろうなっ」と愉快そうに呟いた高原のみである。
「ま、まあ……少なくとも周囲の家は全部無人なんだし」
場を和ませようと、俺は涙ぐましい努力をした――が。
「いや、なんで無人だ?」
空気読まない高原が、不思議そうに言ってくれた。
「外から見えないだけで、しっかりいるぞ。バイトの連中にも訊いたが、時折出てくる時があるらしいし……もちろん、その時は普通の格好だけどな」
「い、いるのかよ!」
すっかり無人だと決めつけていた俺は、眉根を寄せて周囲を見渡した。
ほとんど明かりは漏れていないが……これで中に人がいるのか? 遮光カーテンでも、ここまで完璧に明かりをシャットアウトできないような。
いや、本当に中にいるのが人かどうかは置いて。
「あのー」
いつの間にか俺の横にいた可憐が、心細そうに意見した。
「それより、ここに立ってないで、ホテルの中へ戻りましょうよ。どうしてわざわざ、頼りない街灯しかない場所で立ってるんですか!」
「そりゃそうよね、中へ入りましょう」
絵里香ちゃんが賛成し、薫も何度も頷いている。
特に反対も出ないので、俺は率先してホテル内へ戻った。
入るなり、フロントの前で提案する。
「あのさ、この一階ホールに荷物集めて、全員ここで過ごさない? こっから先は、あんまりバラバラじゃない方がいいと思うんだ」
「賛成なの!」
真っ先に空美ちゃんが手を上げる。
「なぜか、そうした方がいいような気がするのよ」
わぁー、空美ちゃんがそういう予言すると、確実に当たりそうで嫌過ぎるっ。
俺だけがそう思ったんじゃない証拠に、高原以外はみんな動き出した。もちろん、部屋へ戻って荷物を取ってくるつもりだろう。
「お兄様?」
お伺いを立てた薫に対しては、高原が指示した。
「俺の荷物を、代わりに持ってきてくれないか?」
「わ、わかりました」
「兄さん?」
なぜか俺も動かないので可憐が振り向いたが、俺は無理して笑ってやった。
「悪いけど、俺の荷物も頼めないか? ちょっと高原に話があるんだ」
「いいですけど――」
可憐は怪しむように俺と高原を見比べる。
「まさか、二人で外へ出るつもりじゃないでしょうね?」
「いや、まさか」
俺は激しく首を振った。
「そこまでの度胸ないよ、さすがに」
「ならいいですけど……すぐに戻りますから、じっとしててくださいね」
「おう!」
元気な返事に少し安心したのか、可憐も小走りに階段の方へ向かった。
「これを待っていた!」
二人になった途端、高原が破顔する。
もうホント、恐い物知らずを地で行くこいつの顔見てたら、ここが爆発しても、こいつだけはしれっと生き残りそうだよなっ。
「もちろん、俺達でこっそり外へ出て、周囲の家への突入を試みるんだろ? 任せろっ、俺はいつでもいいぞ!?」
「違うわいっ」
なにが哀しくて、そんな危険な真似をっ。
「そうじゃなくて、おまえしか頼める相手がいないから、残ってもらったんだよ」
「……なんだ、例のアレか」
高原の声がいきなりトーンダウンした。
「そう、それだっ。他にどんな話があるよっ」
「どいつもこいつも、帰ることばかり気にしてるよなあ。リーデンブロック教授の気持ちが、今わかったぞ」
「誰だよ、それわっ――いや、説明しなくていいっ。とにかく」
俺が畳みかけようとした途端、騒がしい足音がして、空美ちゃんが階段を駆け下りてきた。
一応、自分の荷物である可愛いリュックを背負っているが、なぜか慌てた様子である。
「ど、どうしたのっ」
「おにいちゃん、誰か……ううんっ、なんだか大勢の気配を周囲に感じるのっ」
「お、大勢っ!?」
俺がドン引き口調で述べた途端、ふっと明かりが消えた。
その唐突さときたら、何者かの悪意を感じずにはいられないほどだった。
「明かりがっ」
そして、俺がぶったまげた声を上げた途端、ホテルの外で街灯が全部消えた……それも、一瞬で。
駄目押しのごとく、今度は上の階から可憐の悲鳴まで聞こえた。