うちう人さんは、身長低いのよね?
風呂の中で長話をしたせいか、あまり浴槽に浸かることなく出てしまったが、それでもまあ、話し合いの意味はあっただろう。
俺はみんなの胸元が気になって上の空だったけど、決定事項くらいはさすがに覚えている。
結論として「夕飯食べたら、可能な限りさっさと逃げようね!」だ。
それが一番だとみんな頷いたけど、俺の場合、その前にインプラントをどうにかしなきゃな。後回しにしていいことないのはわかってるけど、どうにも気が重いっ。
悩んでいたせいか、時間なんかたちまち過ぎて、夕飯の時間なんかすぐに来たけど、メニューすら覚えてない。
当然、バイト引き上げの時間も、すぐに迫ってきた。
ここ、街灯がメインストリート沿いにしかないから、外は真っ暗よりマシってレベルなんだが――。
高原が「見送ってやろうぜ?」と言うので、俺達は全員が外に出た。
無論、高原の見送りは、この場合は「どうやって出て行くのか、見届けようぜ」という意味だろう。
しかし……意外なことに、佐々木氏が電話で告げられたという二十時になると、本当にマイクロバスが来たのだ。
鋭い空美ちゃんがいきなり例のトンネルの方を指差し、「バスが来たのよっ」と教えてくれた。
「え、どこどこっ」
「ようやく帰れる!」
「バイト代はぁ?」
おお、荷物持って集まったバイトの皆さん(十数名ほど)が、騒ぐ騒ぐ。
まあ、こんな場所に長くいたくないわな。
「……ていうか、あのトンネルをどうやって抜けたんだ、あのバス?」
高原がぼそっと呟き、俺は今更のように思いだした。
そういや、幾らマイクロバスでも、あそこは途中で通れない場所がっ。
「でも、実際に走ってきたわよ……辛気くさい黒塗りだけど」
絵里香ちゃんの言う通り、ロクに音も立てずにやってきたマイクロバスは、全部の窓が真っ黒にスモークされた、黒塗りの気色悪いバスだった。
しかも、サイズの割に、前と後ろの二カ所に自動ドアがある。
高原がささっと運転席の方を見に行ったので、俺もなんとなくついていったが……見た途端、「うえっ」と声に出したね!
「運転席の窓も、スモーク貼ってるけどっ」
「これじゃ、前が見えないわねよねぇ」
絵里香ちゃんが呆れて腰に手を当てる。
「空美なら、バスに乗っても、なんとなく前が見える気がするのよ?」
「うんうん、空美ちゃんは凄いものなあ」
俺は素直に頷き、空美ちゃんの頭を撫でてやった。
嬉しそうに笑うのが可愛い。
「に、兄さん、止めなくていいんですかっ」
ふいに可憐に手を引っ張られた。
「なにを止め――わっ」
高原がいつのまにか運転席のドア前に立ち、ドンドンと自動ドア? を叩いていた。
「おーい」とか呼んでるが、ドライバーの反応なし!
「き、気持ちはわかるけど、そこで刺激する必要あるか?」
俺の声が、自然と咎める口調になった。
「でも、見るからに怪しいだろう? 前も後ろもスモークで真っ黒っだぞ? だいたい、本当にスモークを貼ってるのかどうかも、怪しいもんだ。最初から黒いガラスじゃないのか、これ」
高原がケチをつける間に、バイトの連中はわいわい言いながら、後ろのドアから乗り込んでしまった。
最後に乗る佐々木氏が、振り向いて手を振ってくれた。
『電話で雇用主と話したけど、鍵は放置で出て行っていいってさー。ていうか、君達は乗らないのか?』
「お、お構いなくー」
誰も返事しないので、やむなく俺が叫んでおく。
あの人達はどうやら、ここの怪しさに慣れてしまったらしい。
「あ、くそっ」
高原が顔をしかめる。
「俺も後ろのドアから偵察に突入すりゃよかった」
「……でも、外から見ても、中に人がいるの、全然わからないわね」
高原に寄り添った薫が、眉根を寄せて言う。
誰も答えないうちに、バスはそのままホテル前で向きを変え、元来た方へ走り去ってしまった。
みんな沈黙して見送っていたが、俺はふと思い出して高原に訊く。
「そういや、おまえは昼間ここへ来た途端、なにか違和感を覚えたんだよな? それって結局、なんだったんだ?」
「……建物の窓だ」
答えないと思ったけど、今回は教えてくれた。
「窓だぁ?」
「窓だけじゃなくて、屋根もかな……正確には天井だが」
頷いた高原は、ホテルは無視して、ポツポツ建つ家を指差す。住人の出入りなんか、見たことないけど、一応、一軒家が適度に間隔開けてあるのだ。
「ホテルやコンビニはまだしも普通に近いが、住宅を見ろ。窓の位置が普通よりかなり低い。それに、屋根の位置もだ。他の家と紛れているからわかりにくいが、どれか一軒の前に立つとよくわかる。下手すると、ミニチュアの家みたいに見えるからな」
俺達は思わず顔を見合わせた。
そ、それは気付かなかったな! だが言われてみると、確かに普通よりこぢんまりした家のような。
トドメのように高原が付け足す。
「あの家のサイズだと、住人の身長は相当に低いはずだ」
……なんとなく思うところがあったが、俺は黙っていた。
だがしかし、空美ちゃんがあっさり口にした。
「うちう人さんは、身長低いのよね?」
いや……だから、俺に訊かないでー。
個人的に、今の状況ではあんまり知りたくもないし!
バイトを乗せたバスは、既にトンネルの向こうに消え、俺達はこの街で完全に孤立していた。