代わりに、わたしの方を見ててください
俺は妖精みたいな肢体を記憶に焼き付けた後、あたふたとバスタオルを拾い上げる可憐から目を逸らし、「で、おまえはどうする?」と尋ねてやった。
「さっき、ちょっと笑えない事件があったから、それも教えておきたいんだけど、先に風呂だな」
「風呂って――わたしと兄さんで入るならまだしも、女の子三名の兄さん一人ですか!」
咎めるように言いやがる。
「やー、俺も気まずいから断ろうとかと思ったけど、絵里香ちゃんと空美ちゃんは『これくらい普通、普通』ってな感じだし、男の俺が焦りまくりなのも、ちょっとな」
さりげなく説明し、俺は自分のタオルやら着替えやらを準備する。
「それに、二つある家族風呂のうち、一つは高原と薫が一緒に入ると言うしさ」
「ううっ」
なにやら切羽詰まった表情で、バスタオル押さえて立ち尽くす可憐である。
「おまえ、入る入らないは置いて、せめてまともな服に着替えを」
「入ります!」
人の忠告をスルーして、可憐がいきなり宣言する。
なぜかベッドの上で仁王立ちだった。
「み、みんな裸なんだし、男性は兄さんだけだし、だ、大丈夫ですっ」
「……声が震えてるぞ」
俺は指摘したが、無理には止めなかった。
そんな真似したら、絶対に後で「わたしは入る気満々だったのに、兄さんが(以下略)」なんて恨まれるからな。
「でも、入浴する気なら、準備しろよ。即、行くぞ」
「……えーっ」
可憐が弱気そうな声を上げた。
そういやこいつ、女相手でも、裸身見られるのを嫌がる奴なんだよなあ。
まあ、本人が主張するなら止める権利もないので、俺は可憐と一緒に、地下階にあるらしい、風呂を目指した。
途中、「頭痛は?」と訊いてやったが、「薬のお陰か、それどころじゃなくなったのか、とにかく今は少しよくなりました」と頷いてくれた。
「そうか、よかった」
階段を下りつつ、俺もほっと息を吐く。
「さすがに俺も緊張してきたなあ」
「絵里香さんの胸とか腰とか見ちゃ駄目ですよ?」
「ピンポイントに、そこだけ外して見られるか! 無茶言うなっ」
あと、空美ちゃんはいいのかよっ。
「そういうことなら、やむを得ません」
可憐は悲壮な表情で俺を見る。
「代わりに、わたしの方を見ててください」
「マジかっ」
思わず立ち止まりそうになったね!
「ピンポイントで舐めるように観察して、いいわけだなっ」
「そ、そんないやらしい言い方、わざわざしないでくださいっ」
「なにを揉めてるの?」
地下階の突き当たりで、浴衣姿の絵里香ちゃんと空美ちゃんが笑顔で待っていた。
うわ、恥ずかしい……言い争うのを聞かれてしまった。
そして、廊下の突き当たりで二つの家族風呂が並んであるのだが、大浴場はもう一つ向こうの廊下らしく、バイト達の喧噪が微かに聞こえる。
「た、高原は?」
緊張が高まった俺が問うと、空美ちゃんが元気に教えてくれた。
「リンゴみたいなほっぺの薫さんを連れて、堂々と先に入っちゃったのよ!」
「お、おお……さすがは」
高原の肝の太さが、今だけは羨ましい。
日頃から、「女? 女は中坊の時に卒業した」などと、意味不明なことを豪語するだけのことはある。
俺は早速、絵里香ちゃんの浴衣の胸が気になってたまらん。
意識しまくりのところに、空美ちゃんがそっと手を繋いできた。
「いこうね、おにいちゃん」
「あ、うん」
……空美ちゃんの瞳が、ちょっと潤んでるような。
この子もさすがに緊張するのか。
まあ、右手と右足を一緒に出して歩いてる可憐より、よほどマシだけど。
「よし、風呂入ろう、うん」
俺は自分を鼓舞するように口に出し、空美ちゃんと先頭切って「湯」とシンプルな字が書かれたのれんをくぐった。
せめて、家族風呂とやらが、適度な広さでありますように。