最初にして最後の夜
なし崩し的に、ここでの夜は最初にして最後ということになりそうだった。
そこで、せめて何かコトが起こるまでは、風呂入ったり食事したりして、のんびり過ごそうってことになってしまった。
そんな呑気にしてていいのかと思わないでもなかったけれど、しかし実際、退去時間を設定されたからには、それまでは大丈夫ってことなんだろう……多分。
とはいえ、他のみんなは知らないが、俺はこれまでに経験した不可思議体験のせいで、かなり図太くなっているのかもしれない。
「まあ、いざという時はステラさんの鍵で逃げるという手も――」
うっかり口にしてしまった途端、立ち上がったばかりの高原が俺をさっと見た。
「ステラさんの鍵? なんだそれ!?」
じろっと俺を見る。
「アニ○イトに売ってる、アニメアイテムに一票!」
薫が得意そうに言う。
「違うわっ。これはモノホンの――いや、別にいい」
「怒らないでよ。これでもあたし、お兄様とアニメ見るようになってから、がらっとアニメの評価変わったんだから」
ころころと笑い、そんなことを言う。
つまり、それまではアニメの評価は散々だったのな。
「で、実際なんなんだ、その有名クッキーみたいな名前のブツは? 俺の勘がかなり怪しいと告げているんだが?」
ああ、おまえの勘はこういう時には正しいんだわな、ホント。
でもこの鍵、俺以外の連中をまとめて逃がせるかどうか、まだ試してないのだった。
「この件が片付いたら、全部話すよ。なかなか信じられない話だと思うけど」
「約束だぞ?」
「ねえ、話がついたのなら、お風呂入りたいんだけど!」
絵里香ちゃんが、なぜか俺を見て言う。
「ここって確か、家族風呂と大浴場があるのよね?」
「家族風呂が二つに、大浴場も二つね。なかなか豪勢よね」
バイトから聞いたのか、薫が詳しく教えてくれた。
「あ、ちょうどいいかも」
絵里香ちゃんが微笑して俺を見た。
「家族風呂とやらに、一緒に入らない? 一人は味気ないし。バイトの人達は大浴場を使うでしょうから、気まずい思いもしないでしょう?」
「お、俺っ!?」
「空美もいっしょに入るのっ」
聞いた途端、空美ちゃんまで俺の腕をとった。
「お風呂、お風呂~」
「いやしかし――」
「なら、俺達は余った家族風呂の方に、一緒に入るか?」
うおっ!
なんと、高原が薫にそんなセリフをっ。
聞いた薫はぼっと真っ赤になったが、もじもじしつつも、普通に頷いてるしっ。
「本気かっ」
「……なんかおかしいか? 兄妹だし、別に普通だろ?」
「い、いやぁ」
身長180センチに届きそうなこいつと、アダルトな外見の薫が一緒に入るとなると、もうあんまり普通とも言えないような。
「家族風呂、二つあってよかったわね。じゃあ、わたし達は三人で――」
絵里香ちゃんが笑顔でそんなことをっ。
あぁああ、なんかもう決まりそう! でも、女の子が堂々としてるのに、俺が赤くなってもじもじしてるのもおかしい……よな?
「ちょ、ちょっと待って。後で拗ねられたらアレだし、可憐にも声をかけておく」
俺は慌てて立ち上がった。
とにかく、なにかっちゃ「仲間外れにされましたっ」とか拗ねる奴だからな。
ちょっと待ってもらって、逃げるように部屋に戻ると、ちょうど可憐が起き出したところだった。
俺が部屋に入るなり、「なんでわたし、裸の胸にバスタオル巻いて倒れてるんですかっ」などと、早くも喧嘩越しである。
「あと、頭が痛いです、痛いですうっ」
「バスタオルは、おまえがウイスキーボンボンの食い過ぎで泥酔してぶっ倒れた挙げ句、俺が持ってきた水を胸元にダバダバこぼしたからだよっ。頭痛も、そのチョコのせいだろ?」
床に散らばるチョコの箱を指差してやった。
ついでに、自分のディパックから頭痛薬を出して、投げてやる。
「……えーーっ」
受け止めた可憐は抗議の声を上げたものの、部屋には未だに証拠の菓子折の束が転がっている。さすがに少し勢いが落ちた。
「それよりおまえが倒れてる間に、俺は女の子達と一緒に風呂に入ることになったけど、おまえはどうする?」
なるべくさりげなく言ったが、どのみち意味なかった。
「お風呂!? 女の子達とっ」
妙な日本語を口走った挙げ句、可憐の動きが止まった。
「だ、誰とですか? 空美ちゃん?」
「なんつー声出すんだ、おまえ……空美ちゃんも希望してるな、うん。あと一人、絵里香ちゃんがメンツ」
「えぇーーーーっ!?」
……声がデカいっつーの。
あと、可憐が勢いよくベッドから出ようとした挙げ句、巻いてたバスタオルが下に落ちて、俺にとっては思わぬ眼福だった。