バイトの撤収
とそこで、他から椅子を持ってきて同じテーブルに着いている薫が、「肝心の、この街の存在理由は?」と口を挟んだ。
そりゃまあ、誰でも気になるわな。
「ああ、真偽は知らんが、それも教えてくれたよ。まとめて俺に情報を転送するような、無茶なやり方でな!」
あの時の目眩を思い出し、俺はまたしても顔をしかめる。
「だが、それを説明する前に、もっと重要な情報がある」
皆をぐるっと見回した。
「どうも、カムフラージュ機能で街を隠す前に、高原がここを見つけちまったらしいが、そもそも地上にこういう場所を作るのって、連中にとっても初めての試みらしいんだな。普段は、地下に作るそうな。それで今回、騒ぎになりそうなのを嫌って、ここはもう撤収するらしい。それも、完璧に後腐れなく」
「破壊するってことか!?」
高原が眉をひそめる。
「方法までは知らん。とにかく、刻限は明日の夜明けだとさ。だから、俺達にも、それまでに退去しろって。そろそろバイト達にも――」
俺が言いかけた途端、なにやらホテル内がざわついた。
声がした方を見れば、なぜかフロントの前にバイト達が数名集まり、わいわい話をしている。
「……ああ、どうやってか知らないけど、もう連絡来たみたいだな」
「バイト君達も追い出すわけ?」
薫が呆れたように問う。
「らしいね」
「これだけの施設を作っておきながら?」
「もったいないお化けが出そうっ」
絵里香ちゃんと空美ちゃんが、なぜか残念そうに言う。
「連中にとっては、別に造作もないらしい。地球の常識にあるような、重機を使った工事なんかする方法じゃないから、同じ街を再現するのは簡単だって」
口調がヤケクソ気味になるのは仕方ない。
俺だって完全に信じられない話なのだ。
静まり返ったところへ、佐々木氏が足早に戻って来た。
「ええと、一応、君達にも教えておくよ」
もはや本人に戻っている彼は、主に絵里香ちゃんと薫を見て告げた。
「雇い主の都合らしくて、僕らバイトは全員解雇だって。さっき、通じないはずの携帯に連絡がきた。揉めそうになったけど、バイト代を二倍くれると聞いて、たちまちみんな笑顔さ、はははっ」
笑ったが、あいにく俺達はやや実情を知るだけに、笑うどころじゃない。
反応が鈍いのを見て、佐々木氏は「じゃあ、そういうことで」とモゴモゴ呟き、戻ろうとしたが……高原が呼び止めた。
「ここへ出て行くのは何時だ? 迎えが来るわけか?」
「らしいね」
偉そうな訊き方なのに、佐々木氏は快く教えてくれた。
「来る時に乗せられたのと、同じバスが来るらしい。時刻は……夜の二十時にこのホテル前だとさ」
「……帰る道なんかないのに?」
これは薫が横から質問した。
いや、ここにいるみんな、同じことを思ったはずだけど。
「え、道はあるでしょ?」
きょとんと佐々木氏が首を傾げる。
「このメインストリートの突き当たりに、下りになってるトンネルあるじゃん? 僕は自信なかったけど、どうせそこが外へ通じる道だろ? 最初に立ち入り禁止を厳命されて、誰も入ってないけどさ」
素早く視線を交わした俺達は、もちろん知っている。
あそこを通ったからわかっているが、序盤はともかく、途中からバスなんか通れない区画があったはずだ。
つまり、普通に考えればあの地下を通ってバスがここを出て行けるはずないんだな。
「とはいえ、相手が相手だし、そりゃなんかそういう類いの方法があるんだろうなあ」
俺がぼそっと呟くと、沈黙に緊張していたのか、佐々木氏はほっとしたように何度も頷いた。
「そうそう、僕らバイトは全員バスで来たんだから、帰る時だって、同じ方法で帰れる理屈さ」
にこやかに述べ、またフロント前に集まるバイト仲間の方へ去って行く。
バイト達といってもそう大勢ではないが、軒並み嬉しそうな様子だった。バイト代を二倍もらえるってことで、喜んでいるらしい。
「さて、どうする?」
俺は、全員に尋ねた。
「多分だけど、例の佐々木モドキは、俺達もそのバスに乗って出て行ってほしがってるように思うけど?」
「刻限は、明日の朝だろ?」
高原は腕組みして俺を見た。
「それまでは粘ろうぜ。夜中、バイトが消えてから、何が起こるか興味あるしな」
「……普通なら反対するところだけど」
俺は空美ちゃん達女性陣の視線を浴びつつ、苦笑した。
「実は俺も残る方へ一票かな。インプラント除去の件もあるし……それにやっぱ、見られるものなら、間近でUFO見たいし」
途端に、高原がめちゃくちゃ嬉しそうに笑った。
「決まりだな!」




