お休みなさい、お兄様
――なんだ?
俺は最初、妹がなにを見ているのか、わからなかった。
アルバムのような感じだがどこかで――て、思い出した!
ようやく思い出し、俺は声を上げそうになった……ギリギリで堪えたが。
こりゃ、俺の中学時代の卒業アルバムだっ。
各クラスの生徒の写真と、そして、修学旅行やら遠足で撮影した時の写真がある。妹の可憐は、その中で俺が映っているページばかりをじっと見つめているのである。
別におかずにしているわけではなく、ただ見つめながら、悩ましげにため息ついたりして。
(えーーーーっ)
正直、ちょっと信じ難い話だが……しかし目の当たりにしてしまっては、疑う余地がない。
おまけに、俺が呆然としている間に、妹は最初の卒業アルバムを閉じ、その下に置いてあったさらに小さなアルバムの方をめくりはじめた。
すると……これは否応なく覚えがある家族写真で、確か家族全体の写真を保存しておいた、でっかいアルバムの中にあったヤツだ。
昔の写真なんか見ることなどほぼないので、全然忘れていたが。
妹は、その中からめぼしい「俺の」写真を集めて、自分の専用アルバムに飾ってあるらしい。
……おまけに、いつ撮られたのか全然覚えのない、最近の写真まであったりしてな。
忍者もびっくりの隠密撮影をされていたらしい……隠し撮りと言う方が早いが。
(えーーーーーーーっ)
いよいよ驚愕し、俺は立ち尽くす。
正直、「俺の写真なんか見て、どうすんだよっ」と思うが、妹の幸せそうな顔を見れば、どうするもこうするも、ただ見つめているだけで満足なのだとわかる。
こ、この愛らしさを、なんでもっとリアルの俺に対して出さないのだっと、声を大にして言いたい!
本当に言うと、「覗いたんですかっ」と怒られそうだから、言わないけど。
「あ、そうじゃないっ」
阿呆のように口を開けていた俺は、ようやく思い出した。
そもそも今見てる光景は、俺の夢なのだった! 明晰夢であり、「夢だと気付いている夢」だ、現実ではないっ。
まあ、予想と違い過ぎていて、その辺をすかっと忘れていたが。
しかし俺、心の底では、こんな妹であって欲しいと願っているのだろうか? いやぁ、そんあ自覚は毛頭なかったんだが。
首を傾げたい思いだったが、しかし眼前の光景にエロさが微塵もないのは事実である。
なんというかこう……耽美的な雰囲気はあるが。
(なんつー夢だ、自分で自分に呆れるわい)
俺は首を振り、引き上げようとした……が。
そこで妹がふいに、一際大きく俺の顔が映っている一枚に唇を寄せ、そっとキスなどした時には、二度びっくりである。
「お休みなさい、お兄様」
ついぞ聞いたことのない優しい声で妹が呟く。
俺の夢、ヤバい!
またしばらく呆然と見守ってしまったが、妹のアルバム観察はそこで終わりだった。
二冊のアルバムを重ねて持ち上げ、椅子を台にして、本棚の上に置いた。隠し場所らしい。
もう見るべきものもないので、そこでようやく俺は自室へ戻ったが。
ぶったまげたせいか、いつ明晰夢から抜けたのか、はっきりした記憶がない。
次に目覚めた時には、もう朝だった。
「……うわぁ、ヤバいな」
上半身を起こした第一声が、それだった。
朝になったら忘れるどころか、昨晩の光景は鮮明に記憶に残っている。
念のため、部屋の中を見たが、勉強机がひっくり返されてたりもしない。やはり昨晩のは、単なる明晰夢か。
「俺の願望だとは思えないんだがなあ」
未練たらたらで呟き、モソモソと制服に着替えた。
最後に立ち上がり、勉強机の上の置き時計を取り上げた……やっぱり、これもどこにも異状は――いや、あるな。
「針が止まってる!?」
昨晩の深夜の時間帯で、時計が止まっていた。
あいにく、夢を見てた時間は思い出せないが、微妙に近いような。
「ぬう」
唸ったところで、ドアをノックする音がした。
「どうした?」
ドアが開いて、もうばっちりセーラー服姿の妹が顔を出す。
「今日は日直なので、早く出ます。にいさんも、今日はちゃんとテスト受けてくださいね」
「お……おお」
「なんです?」
妹が眉をひそめた。
「幽霊を見たような顔で、わたしを見てますけど。いつもにも増して、気持ち悪いですよ」
ゆ、夢との差が激しいな、おいっ。
「いや……ただ時計が壊れてたんで、がっかりしただけだ」
俺は曖昧な笑みを浮かべて、首を振った。
……妹が出ていってから、アルバムが実在するか、一応確認しとくか。