まとめて消去するのが、一番早いという同朋もいる
「いやぁ、参った!」
誰かに、今の寿命縮んだ一件を愚痴りたくなったが、あいにく、そんな相手はいない。
高原にすら、話しにくいほどだ。
やむなく俺は、とりあえず皆の様子を見に行こうとしたが……不思議なことに、ホテル内は静まり返っていた。
まさかみんな、安物のチョコ食って泥酔しているはずもないんだが。
「さっきまで、バイトの人だってうろうろしていたのに」
首を傾げながら、フロント前の待合スペースを覗く。
……誰もいない。
それどころか、フロントすら空席だ。
「どうしちまったんだ、一体。まさか、なにかあったのか」
俺は待合スペースにあるテーブルの一つに着き、外を眺めた。もしかすると、みんな外じゃないかと思ったからだが、そろそろ陽が傾きかけた通りには、猫の子一匹いなかった。
……なにか妙だ。
俺はふと思った。誰にも会わないからといって、その考えはおかしいはずなのだが、なぜか俺は確信していた。
今の状態はおかしい、どこか変だっ。叫びたくなるような焦燥感を押さえるのに、必死だった。
本当なら、絶叫したい気分だ。
だいたい、あまりに静かすぎるっ。
「え、絵里香ちゃんか、空美ちゃんの様子でも」
――見に行くか? と立ち上がりかけたところ、前に誰かが座った。
ぎくりとして見ると、なんのことはない、ここへ来た時にフロントに座っていた、大学生らしきバイトさんだった。
たしか、佐々木サン……だったか?
「あ、どうも……て、あれ?」
俺はしげしげと彼を見る。
どう見ても、少し前に高原としゃべってた佐々木さんなんだが……どうも同じ人に見えないのだ。
なぜかと訊かれても困る。
俺にもわけわからんので。ただ、なんというか……外見こそあのバイトさんなんだが、それは上辺だけの気がしてならない。
彼は不思議な笑みを浮かべ、両肘をテーブルについて、そこに顎を載せた。
興味深そうに俺を見る。
「それで、君の望みは?」
「……は?」
「質問の意味はわかると思うが? ここまで来たのは、君なりに成し遂げたいことがあったからでは?」
声音は同じでも、別人が話しているような口調だった。
「フロントにいた人……ですよね?」
「違うよ。それはこの人だろ?」
自分の胸を軽く叩く。
意味わからんぞっ。いや待て、確か高原が、中身が入れ替わっている人間がドウタラコウタラとか言ってたようなっ。
けろっと内容忘れたが!
「したいことはなにもない? そんなはずないよね?」
銀縁眼鏡を押し上げ、謎の男は穏やかに問う。
「僕のグループでは、そろそろ君らを危険視している。いや、君と数名はともかく、あの高原という彼は危なそうだ。現に、いつまでも外部と連絡取れない状態だと、外で待機している彼の部下? その者達が突入を試みるかもしれない。その兆候が既にあるようだ」
「あ、あり得るな……」
俺はコクコク頷いた。
高原純という男は、単なる金持ちのボンボンではない。
絵里香ちゃんとタメを張るほど強いくせに、それでいて、決して敵を甘くみない奴なのだ。俺は高原と出会って以来、あいつが焦ったところすら、見たことないほどだ。
「まとめて消去するのが、一番早いという同朋もいる」
背中に冷や汗が流れるようなことを、この佐々木さんモドキは平然と吐かしやがった。だいたい消去って言い方はなんだ!?
「僕も、それが手っ取り早いかも、と思わないでもない。しかし……個人的に僕は君の行く末に興味がある、イツキ・ケイジ君」
こいつは、なぜか俺の名前を呼ぶ時、聞いたこともない訛り方をした。
「どうして?」
俺は自然と問い返していた。
「君はとても数奇な運命を辿りそうだからさ。だが、今それは関係ないな、単なる僕の興味だから。……もう一度だけ訊くよ? 言っておくが、これが最後の機会だ。今ここで、君の望みを言ってみたまえ」
「あんたに話したら、どうにかなるのか?」
「まず、聞こうじゃないか」
佐々木モドキ……もうそう呼ぶが、とにかくそいつは、悠然と促した。
「聞いてから判断しよう。語らせずとも探る方法はあるが、正直に尋ねるのは、僕なりの心遣いだと思ってくれ」
「口に出したら、心遣いも台無しだよ」
俺は顔をしかめてから、深呼吸して座り直した。
相変わらず、周囲は時間が止まったようになんの物音もしない。
まるで、自分が絵画の一部になったみたいだ。もはや俺は、この違和感が気のせいだとは全く思ってなかった。
「じゃあ、俺の希望を言おうとじゃないか! 気が進まなくても、ここまできちまったその理由をっ」
望み通り、俺は佐々木モドキにぶちまけた。
仮に「消去」される運命だとしても、言いたいことは言わないとなっ。