日記におにいさまへの愛を綴っているんですよ
「――げげっ!」
俺は堪えきれずに声を上げたが、その途端、どさっと(多分)可憐がベッドから落ちる音がした。
その隙に、俺はささっと家計簿偽装日記をディパックにねじ込み、なにげなく振り向く。
案の定、ベッドの脇に可憐が俯せに倒れていた。
俺がなにしてるか見ようとして、バランスを崩したらしい。よくやった、重力!
「うぅうう……」
などと呻き声を上げながら、ようやく顔を上げる。
み、見られてないよなっ。
「ふいに大声出したら、驚くじゃないですか……なにを見てたんです」
「いや、じっと手を見て、将来について考えていた」
「えー、どこか嘘っぽいですっ」
「いいから、おまえはもう寝ろって。その調子だと、後から頭が痛むぞ……多分だが」
「今、既に痛いのです……」
顔をしかめてもぞもぞ身を起こした可憐に近付き、俺はそっと抱き上げてやった。もちろん、日記の記述を覚えていたからだ。
「……あっ」
抱き上げた途端、小さく声を上げたので、「い、嫌か?」と尋ねたが、可憐はぶんぶん首を振った。
自分から俺の首っ玉に抱きつき、「うふふふふふっ」と妙な笑い方をする。
「ほら、腕を外さないと、ベッドに寝かせられない」
「もうですかぁ……あと、お水は?」
「ほれ」
そこらに置いたままのペットボトルを口に含ませてやると、可憐は待ちかねたように横になったままゴクゴク飲み、しかもいつになく行儀悪く、ダバダバ胸元にこぼしやがる。
「あー、おまえなあ。風邪引くぞっ。ほれ、ちょっと口を離せ」
注意してペットボトル取り上げた時には、既に空だというね……半分くらい胸元にこぼして――あぁ、タンクトップが透けてブラが丸わかりだー。
「……冷たいのです」
ぽおっとした顔で、わかりきったことを言う。
「そりゃ冷たいだろっ。身を起こして飲まないからだよっ」
「寝かせたのはおにいさまですしー」
「屁理屈を言うな屁理屈をっ。着替えろよな! 上だけ持ってきてやるからっ」
「着替えさせてくらはい……わたしはひどく眠いので……」
「えーっ」
と言いつつ、要請なら仕方ないとばかりに、俺はタンクトップを脱がせてやった。
「青色のブラも濡れまくりだけど、これは自分で外せよな」
答えはなかった。
少し口を半開きにしたまま、可憐は目を閉じている。
な、なんとかごまかせたか……この調子なら、俺が日記読んでたことはわからないよな。つか……写真に撮っておきたい姿だな。
刺激的な光景故に、途中から思わず思考が逸れた。
とりあえず、部屋にあったバスタオルを持ってきて、なるべく見ないようにしてえいやっとブラを外し、素肌にささっと巻き付けたやった。
見ないようにしてといいつつ、だいぶ見てしまったが……ま、まあ初めてでもないし、いいか。……それにしてもこいつ、芸術的な形だな……なにとは言わんが。
仕上げとして、胸にバスタオル巻いた女賭博師みたいな格好の可憐に、薄い夏用ブランケットをかけてやる。
「……ふう」
ったく、敵地に等しいような場所で、気楽に泥酔してからに。
ようやくほっとして背筋を伸ばそうとしたところで――可憐の腕がいきなり俺の首に回された。
「わっ。起きてたのかよっ」
酔っ払いとは思えない力で引き寄せられ、耳元で囁かれた。
「こっそり教えてあげますけど、実はわたし……日記をつけているのです……」
「へ、へぇえええ」
劇団ひまわりもびっくりの演技力を発揮しようとしたが、上手くいったとは言えないだろう。
「なんで今、ソンナハナシヲ?」
後半が棒読みになっちまった!
「日記に……日記におにいさまへの愛を綴っているんですよ……ふと思いだしたので」
「へ、へぇえええええ……で、見せてくれるの?」
どきどきして尋ねたが、激しく首を振る気配がした。
「今は絶対に駄目です、駄目なのです……五十年くらい経って、十分に愛が深まったら……もしかしたら」
気が長すぎる!
「五十年経ったら、俺はもう枯れてるわっ」
「ところが……わたしは大丈夫ですから……だから……」
そこでふと腕の力が抜け、とさっと落ちた。
用心しながら俺が顔を上げると、今度こそ可憐は寝息を立てていた。
ひ、人騒がせなっ。
この隙にとっとと脱出しよう……心臓が縮み上がるのはご免なので、俺は本当に逃げるように部屋を出た。