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二ページ分の赤字主張

 まさかこのまま放置するわけにもいかないので、俺はグニャグニャになった可憐を抱え込むようにして、鍵の番号を調べ、部屋へ連行した。


 三階建ての割に、ちゃんとエレベーターがあって助かった。




「おにいさまの隣なんですよ、隣。うふふっ」


 鍵を引っ張り出している俺を見て、しがみついている可憐が嬉しそうに報告する。


「別に関係ないだろ? どうせ個室なんだし」

「なに言ってるんですか! すぐ隣というのは、重要なことなのですっ」


 ぐにゃぐにゃのままで、口調だけはしっかり主張する可憐である。


「いざとなれば、壁越しに愛の言葉を交わすことだってできますし!」

「……おまえ、泥酔しとるなあ」


 あと、小さな拳を固めて無駄に可憐が熱く主張した時、たまたまバイトの男子二人がエレベーターの前へ来て、唖然としていた。


 俺が赤面するだろうが、くそっ。





「リア充かよぉおおおお、うああああ」

「お、落ち着けっ。俺達だって、ここのバイト代もらった後はきっと――」


 二人の呻き声が、ばっちり聞こえてしまった。

 まさか俺が、リア充扱いされる日が来るとは。

 とにかく、可憐の部屋は隅っこになってた俺の部屋の隣だそうなので、こいつの鍵を出して開けてやったのだが。


 ジーンズのポケットに手を入れた途端、可憐が「あっ」と声を上げたのにぎょっとした。


「な、なんだよ?」

「おにいさま……今、ポケットの中から、わたしの太股を撫でました?」


「撫でてないわっ」


 そこまで欲求不満じゃない。

 まあ、想像よりもぴっちりした短パンだったので、そりゃちょっとドギマギしたが。


「いいんですよ、遠慮しなくても。好きなところを触ってください。今なら平気みたいですしぃー。ほらほらっ」

「か、過剰に抱きつくな、馬鹿っ」


 焦るだろうが!


「……普段は平気じゃないのか、やっぱり?」


 引きずるようにしてベッドに運ぶ途中、ふと訊いてみる。

 今なら泥酔状態だし、なんでも正直に教えてくれそうだ。


「普段はだめ……だめなのです……こんなにもおにいさまを愛しているのに、触ってもらうと、その過剰な愛情が爆発して、わたしはだめになるのです……とんでもないのです。わたしは哀しいです。ひくっ」


 だから、なにが駄目なのさ! あと、しゃっくりすんなっ。

 くそ、説明聞いてもやっぱり全然わからんかったし。

 しまいには、タンクトップの胸にベタベタ触ってやろうかと思うが……さすがにそれはちょっとな。




「ほら、馬鹿なこと言ってないで、少し横になって休め。元々がたいしたことないアルコールなんだし、そのうち醒めるさ。今、水持ってきてやる」


 抱き上げてベッドに寝かせると、俺は言葉通り、備え付けのミニ冷蔵庫から、水が入ったペットボトルを持ってきてやった。サービスらしい。

 しかし、可憐はその短い間に眠り込んでしまったらしい。「うぅぅうううん」などと、やたら色っぽい声を上げて、寝返り打ったりしてな。


 ちなみに、八畳ほどの部屋の中には、ウィスキーボンボンをやけ食いした包装紙の山が散らばっているわ、背中に背負っていたディパックは倒れて、中身が散ってるわ……うわー、色とりどりの下着の束が見えるわー。生々しいな。


 俺は慌ててディパックを起こし、外から見えないようにぐいぐいとパンティー(ショーツ)とブラの束を押し戻そうと――おろ?

 ディパックの底辺りにあったコクヨのノートを見て、俺は首を傾げる。


 取り出すと家計簿とあったが、なんとなく怪しみ、ページを開けると――。




「――っ! うわっ」


 思わず声を上げ、慌ててベッドを振り返る。

 可憐が爆睡中なのを確認し、もう一度、最初のページを見た。

 日付は昨日の夜……つまり、ここへ来る前日だ。でっかいUFOを見たあの日だな。



○わたしだって、おにいさまに抱っこしてもらいたかったです!○


 日付の横にあるこれがタイトルで、以下、一ページ全部に、同じ文言がずーーーーーっと並んでいる。 



わたしだって、おにいさまに抱っこしてもらいたかったです! わたしだって、おにいさまに抱っこしてもらいたかったです!  わたしだって、おにいさまに抱っこしてもらいたかったです! わたしだって、おにいさまに抱っこしてもらいたかったです! わたしだって、おにいさまに抱っこしてもらいたかったです! わたしだって、おにいさまに抱っこしてもらいたかったです!

(以下、二ページにわたって同文が続く)



 ――こんな感じで! しかも、なぜか赤字!


 え、どういう意味? もしかして、あの夜に本人の求めに応じて、空美ちゃんを何度か抱っこしてあげたから? そのことかっ。

 ていうか、他にないわなぁ。


「こいつ、やべぇえええ」


 思わず呟いた途端、背後から声が聞こえた。


「おにい……さま?」


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