へべれけな可憐
高原が俺を連行したのは、フロント前のちょっとしたスペースだった。
まあ、普通のホテルにもあるような、休憩所みたいな場所かね。ソファーとテーブルが幾つか並んでいるような。
こういう時に限って、誰も邪魔しようとはせず、他のみんなはそれぞれ自分の部屋へ向かったらしい。
「なんだよ、話って?」
「実はトランシーバーがついにオシャカになったんだが」
「マジか!」
思わず腰が浮きかけた。
「それ、結構、一大事だよな? もう外と連絡取る手段がないってことで」
「まぁな」
高原は気楽に言ってくれた。
「しかもな、俺がここへ来る前にトランシーバーで最後の連絡を試みてただろう? あの途中でいきなり通じなくなったんだが、実はあの時、俺と交信していたサポートがこう言いかけたんだ。――あ、街が消えたですっ。もう視認できないっ……とな」
「視認できない? その時、どうやってこの街を見てたんだよ?」
確か、ドローンはこいつがトランシーバーを使う前に、破壊されたよな。
「壊されたそれ以外にも、カメラはあったのさ。そっちは、サポートの連中が樹海の高所を選んで、仕込んでおいてくれた、隠しカメラだ。つまり、この街を遠望させていたというわけだ。当然、そいつの言葉は、その固定カメラの映像を見てのことだ」
「はぁーー」
俺は相変わらず用意のいい高原に感心したが、それにしてもこりゃ謎だな。
「固定カメラで監視していたここが、消えたっていうのか?」
「そう、まさにそいつはそう言いたかったんだろう。もはや、訊き返すこともできんが」
「う~ん……ドローンが突破できない透明シールドなんかがあるんだ。もしかしたら、カメレオンみたいに周囲と同化しちまうように見せちまう装備もあるのかね」
俺が頼りない推測を話すと、こいつは得たりとばかりに頷いた。
「実は俺もその可能性を疑っている」
「しかし、そこまでしてこの街を隠そうとする理由はなんだ? 誰にも気付かれずに、ここまでの街を出現させるのは無理だろ? 絶対、政府関係者の偉いさんか誰かが、この件に関わっているはずだと思うんだが」
「可能性は大きいな。俺はとりあえず、今晩からでも住民と接触できないか、試してみようと思ってる。バイト連中は、あまり大したことを知ってそうにないしな」
「危なくないか、それ?」
俺は心配して言ってやった。
「せめて、一人はよせよ。おまえのことだから大丈夫だとは思うが、万一ってこともある。なんなら俺も一緒に――」
「一緒に、なんですかぁ?」
ふいに超明るい声がして、可憐が俺達のテーブルに来た。
脇で立ったまま、俺達を見比べる。ジーンズの短パンに黒ストッキングのままなので、つまりまだ着替えていない。
「あー、別になんでもない……ていうか、おまえなんか陽気になってない?」
「あははっ。大量買いしたお菓子を、大量に食べたのですっ。あ、重複表現ですね、今の。うふっ」
うふって……なんだこいつ?
呆れて見れば、頬が赤いし瞳が潤んでるし、上体はふらふらしてるし。
「酔ってるな、可憐」
トドメに高原が断定口調で言ってくれた。
「酔ってませんよぅ。わたし、未成年だし、お酒なんか飲みませんもの」
「ちょい待て、手に持ってるの見せろ」
駄菓子の箱を手にしているのに気付き、俺はいきなり引ったくった。
「ちょ、ウィスキーボンボンっ」
あれって、マジでアルコール入ってるのかっ。
「お菓子なんですから、せぇええええふ」
普段聞いたことのない口調と共に、可憐が両手でセーフをジェスチャーをする。
「だいたい、こーんなのに入ってるアルコールなんて、無視していいくらいの量じゃないですかぁ……ねぇ!」
高原に同意を求めたが、薄情なこいつは立ち上がるなり、片手を上げた。
「じゃあ、そういうことで。……いざという時は、避妊だけはしろよ? いや、ちゃんと生める身体ならの話だが」
「いきなり、何を言い出すっ」
俺が抗議している最中に、泥酔した可憐が俺の背中にしがみついてきた。
耳にかかる息がこそばゆいっ。そして、酒臭いっ。
「おにいさま、ここ数日、他の子ばかり相手にしてずるいです。わたし、拗ねちゃいますよぉー」
ああ、むちゃくちゃ酔ってる、本気で酔ってるぞ、こいつっ。
駄菓子の些少なアルコールで酔っ払うって、どんだけ無茶食いしたんだっ。
やむなく、妹を抱えるようにして俺もたったが、フロントの青年の視線が痛いっ。
あと、高原の奴は本気でどっかいっちまったしな!
「わたし、酔ってませんからぁ!」
腕の中の可憐が、へべれけになった声で主張した。
ああ、酔っ払いはみんなそう言うんだよっ。