特別の例外の人
高原の挑戦的な言葉に、皆の足が止まった。
今更ながらに、目を皿のようにして周囲を見渡す。前にテレビで見た、スペインのミハス村だったか? それに似た白い街を。
とはいえ、ここはメインストリートを中心に、ちょろっと左右に建物が並んでいるだけだが。
そのうち、空美ちゃんと可憐が二人同時に、『あっ』と声を上げた。
そしてまたしてもほぼ同時に、声を合わせる。
「電柱がないのよっ」
「電柱がないです!」
「あ~、なるほど」
二人に続いて薫が頷く。
「むしろ、送電線もないわね」
「ま、埋没電柱かも……しれませんが!」
可憐が往生際悪く、楽観論を述べたが……賛成の声は上がらなかった。
樹海の真ん中にある街で、埋没電柱とかないわな、さすがに。
言われてみれば確かに、こりゃ怪しすぎるポイントだ。
「ぬう」
「いやぁ、それはみんな気付いてたと思ってたがな」
高原が歩き出しながら、また謎セリフを口走る。
「俺が指摘したかったのは、もっとこう――まあいいか」
「おい、言いかけたら最後まで言えよっ」
「後にしようぜ。とにかく謎コンビニで買い物が普通に出来るか、試そう」
こ、こいつっ。
なんて思わせぶりな奴だっ。
時間的に昼間で全然危ない気配がしないので、奇妙な事実に気付いても、誰も「撤収しようっ」とは言わなかった。
薫はあくまで日焼け止めに拘っていたし、空美ちゃんだって「ブルーサンダーあるかなぁ!」と気にしてたほどだ。
ちなみに、二十円で買えるチョコのことらしい。
ぞろぞろとコンビニ入ると、手前のレジでぼけっと座っていた私服の男性が、「わっ」と声を上げた。
「い、いらっしゃーい。わー、二人以上のお客さん、初めて見た」
……なんだそれ?
「バイトか?」
早速、高原が問う。
「まあね。一週間ほど前に雇われたとこだけど」
「ほほう? 興味深いな!」
聞き込みを始めた高原は置いて、俺達はそれぞれ店の中に散っていく。
ていうか、このコンビニ、笑えるネーミングの割に、品揃えいいし、店も広いぞ。お客さんは他に――
「わあっ」
今度は俺が声を上げる番である。
レトルト食品のコーナーを回ったところで、小柄な男がいたのだ。
俺よりだいぶ身長低いが、大人……のはずである。
俺達を見た途端、急いで店をでちまったが。んな、逃げるように出ていかんでも。
「ほらぁ!」
少し大人しかった可憐が、我が物顔で俺に言う。
「お客さんもいるし、バイトの人もいるじゃないですか! 全然普通ですよっ」
「だから、フラグ立てるなって!」
俺は可憐を窘め、お菓子の棚で石像と化している空美ちゃんのそばへ行く。
「どうかした?」
「あのね」
空美ちゃんは恥ずかしそうに耳打ちしてくれた。
「お目当てのチョコはあったけど、よく考えたら空美は少し前から貯金しているから、無駄遣いはだめかなって」
「なんだ!」
俺は破顔して、問題のチョコをがばっと手に取り、自分が手にした黄色いカゴに、まとめて入れてあげた。
「水臭いなぁ。欲しい物は全部俺が出してあげるよ。空美ちゃんは貯金しような」
「ええっ。でもそんな――」
言いかけ、空美ちゃんはふと俺をじっと見上げた。
特徴ある、濡れたように光る瞳で。
「な、なに?」
「ん~ん」
首を振り、空美ちゃんはにこっと笑う。
「おにいちゃんは特別の例外だから、出してもらってもいいかなと思ったのよ」
「おぉ、そりゃ嬉しいね」
なにかひどく深い理由があっての言葉だったかもしれないのに、その時の俺は単純にへらへら笑っていた。
「なら、買い物は全てこの特別な俺に任せてくれたまえ。なんでも欲しいのを放り込んでいいよ」
「ちょっと待ってください!」
ふいに可憐が、俺の横腹に肘鉄をくれた。
「ぐほっ」
かなり効いたぞ、こらっ。
「なにすんだよっ」
「なんで万年金欠の兄さんが、そんなにお金持ってるんですかっ」
そ、そこを追及するか、おいっ。
「いや、どうせ言っても信じないって」
なにせ、前にステラさんに血を提供して、その代償としてもらった金だしな。
血を売って金にするって戦前の話かよと思うが、本当だからしょうがない。無償提供だと逆に哀しまれるんで。