見えない着ぐるみ
結局、また全員が歩き出したわけだが、先へ進むにつれて、ますますこの通路は尋常じゃないわかった。
トンネルと同じく卵型の天井なんだが、明らかに、普通の地下鉄のトンネルより、遥かに天井高い。おまけに、横幅はいつのまにか、電車二台くらい通れるほどある。
「この銀色の壁、金属製なのには目を瞑るとしても、おかしいですよ」
可憐が、手で壁をさわり、眉をひそめる。
「継ぎ目とか全然ないんですけどっ」
「それを言うなら、足元は大宇宙だぞ」
幾らか誇張して、俺は言ってやった。
というのも、足元の謎材質はガラスみたいに見えるが、真っ黒でキラキラ光ってるし、やたらと光沢がある。
ちょうど、真の闇で夜空を見上げると、こんな感じかも。
ちなみにキラキラするのは、壁の明かりのせいだな。
「うわぁ、本当ねぇ!」
空美ちゃん、大喜びである。
「足元からUFOとかポコポコ出て来たりしてー。ここ、広いものねぇ」
なぜか俺を含めた全員の足が止まった。
「その発想はなかったわねぇ。アニメで観た、ワープ航法ってやつ?」
絵里香ちゃんが本気にしとる!?
「確か、ワープ航法は、事実上不可能だという結論じゃなかったかしら?」
「いや、俺に訊かれても」
薫の問いに、俺も首を傾げる。
「だけど、さらに地下があるらしいぞ?」
高原がぼそりと述べ、俺達は一斉に奴が指差す足元を見る。
「ああ、ほっとしました」
可憐が胸を撫で下ろす。
「ちゃんと、四角く切り取った出口みたいなのがありますね」
「出口というか……こりゃ地下倉庫への入り口みたいだがな。距離的にも、街への入り口はもっと先のはずだ。」
人間が一度に一人入れる程度の大きさを見て、高原は首を傾げる。
だが、あいにく取っ手も手を引っかける場所もなく、開け方はわからないようだった。
「くっ。俺の勘は、かなり怪しいと告げてるんだがな」
「帰りにまた考えようぜ。今は先へ行こう」
俺に言われ、高原は渋々立ち上がった。
ところが、素直にまた歩き出したは良いが、いきなり全く関係ない話を始めた。
「なんとなく話しておいた方がいい気がするんで、話しておくが」
「なんだよ、改まって? おまえがそういうこと切り出すと、たいがいロクな話が始まらない気がするぞ」
俺が警戒すると、薫がぱっと俺を見た。
賛成したそうな顔付きだったが、兄に遠慮したのか微笑しただけである。
「いや、これは真面目な話だ。俺の遠い親戚の知り合いに、大学生がいてな。まあ、又聞きの話なんで、俺は名前すら知らんが」
「こ、こわい話じゃないでしょうね!」
可憐が俺の腕をとった。
日頃は俺に触れないくせに、恐怖体験が近付くと、いつもこうだ。
「それは聞く奴の受け止め方次第だろうな。だが、話自体は本当にあったことだぞ」
断りを入れ、高原がわざわざ話してくれたのは、なんとも不思議な話だった。
その問題の大学生は、車に轢かれて頭部を強く打って意識を失い、気付いたら病院で寝てたそうだが――。
既に手術も終わっていて、一応は後遺症ナシと思いきや、奇妙なものが見えるようになってしまったらしい。
「――今までは街を歩いてても、特になにもなかったのに、退院した後に怪しい連中を見かけるようになったらしい。千人に一人くらいの割合だが、ダブって見える奴がいるんだとさ」
「ダブる? 留年? て、ため息をつくなっ」
「そのダブるじゃない。ぴっちりフィットした着ぐるみを着た人間を想像してみろ? その着ぐるみ部分が透明で透けて見える……そんな感じが近いそうな。そして、内側にいる本体は、どう目をこらしてもよく見えないんだな。ただし、人間とは思えない異形の者だとか」
高原が意味ありげに全員を見回す。
「それって……事故ったその人が頭を打ったせいで、それまで人間に化けていた何者かを、識別できるようになっちまった――そう言いたいのか?」
「わかってるじゃないかっ」
嬉しそうに言われても。とそこで、急に可憐が飛びついてきた。
「や、やっぱりこわい話じゃないですかーーっ。お兄様あっ!」
「わあっ」
話より、急に全力で抱きつく可憐に驚くわい。
「おにいちゃまー。きゃはっ☆」
「ああ、真似して抱きつかないで、空美ちゃんっ」
「嬉しいくせにぃいいい」
だから、絵里香ちゃんまで!
「……バカップルか、おいっ」
高原が不機嫌に言うまで、しかし三人は離れようとしなかったのだった。
バカップルと言われて、さすがに離れた……というか、ついでにこいつが「ところで、スカートの女子は床に下着映ってるぞっ」と言い足したのが大きいだろう。
慌てて可憐と空美ちゃんがスカートを押さえる。
え、空美ちゃんもやっぱり気にするのか……。
「さて、そろそろ出口のはずだぞ。おまえら、緊張しろよ」
歩き出した高原に言われ、俺達は慌てて前を見た。