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彼岸川  作者: 森 日和
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太田成美

ある界隈で、そこそこ名をはぜる一人の男がいた。

彼の名は太田 成美。

私と同じ高校一年生ながら、彼の放つ異才という異才は、まさに全世界に誇るべきである。背は低いが恰幅は良く、見た目も悪く無い。しかし常に孤独不動な彼に話しかける者は誰もおらず、成績も素晴らしい低空であり、彼の使う赤縁の丸眼鏡には魔法が宿っているのでは無いかという阿保な噂も立った。だが私はそんな彼に憧れていた。

「孤高の帝王」と言われる彼のように生きたいと願った私も、人のことは言えない阿保である。


高校生として華々しいデビューを飾る者も時としている。しかしながらそれとは真逆に、高校生としての生活を何とも下劣なものにする者も時としている。前者は彼氏彼女と睦言を交え、日々明るく人気者で、笑いの絶えない者たちであるだろう。一方の後者は、その前者に吝嗇する者たちであると認識するなら、私は別に圧倒的後者と言うわけでは無かった。太田さんはまさに後者の顔であり、友も恋も夢も捨ててひたすら自分なりの生き方を貫く謎めいた人物であった。

太田さんの住所は突き止めていたので、私は好奇心を剥き出しにして日々訪問した。彼はいつも在宅しており、ボサボサの髪に相変わらずの赤縁の丸眼鏡、白シャツ一枚に青いブリーフと、そのインパクトは毎度毎度恐るべきものであった。私はいつしか、その姿に絢爛さすら感じた。

「何用だ?」

と、私がチャイムを鳴らして太田さんを呼ぶなり、太田さんはいつも寝ぼけた顔で私にそう尋ねてくる。

太田さんは高校生でありながら一人暮らし、しかし財源をどう確保しているかは一切不明であるというのは余談である。しかしながら、こうして合縁奇縁の巡り合わせ故に私と太田さんは仲を持った。春から一日一度は太田さんに会いに行った。


春先には嫌な顔をされていたものの、次第にどこか打ち解けられた感じもあり、ついに私は太田さんの家の中に入る事が出来た。忘れもしない六月二十六日である。

太田さんの家は四畳半の一室と押入れ、更にはキッチン、それだけの質素であばらな暮らしぶりが垣間見えた。しかし押入れの中を見せてもらった時、私は驚愕した。

中にあったのは紛れもない翼であった…

「ちょっと空を飛んでみようと思ったのだが、材料が足りないのだ…」

と、愚痴をこぼしていた。

それからも毎日、私は太田さんの家に訪れた。だが彼の家の中にまで入る事が出来たのはその時限りであった。次第に太田さんはチャイムを鳴らしても無反応である事が多くなり、太田さんが「孤高の帝王」としての名声を得ていくのと対照的に、私と太田さんの関係は自然に疎遠となっていった。

そして、私は太田さんの家に通い始めてから一日も欠かさなかったチャイムを、とうとう押さなかったのだ。


しかし事態は一変した。

七月十五日、かの有名な「下着泥棒事件」が起きたのが転機であった。

下着泥棒事件とは、水泳の授業を行っていた一年五組のロッカーから、女子全員の下着が全て何者かによって盗まれてしまったのだ。

これに対して「高校女子の会」では犯人の死刑を前提とした大捜索に発展。何人ものエロそうな顔の男子が冤罪を喰らい、高校監獄棟にぶち込まれてしまった。「生徒会」もそれに協力したものの、犯人探しは困難を極めるばかりであったという。

勿論犯人は太田さんであった。


「最低ですね」

「いいのだ、これで完成したからな」

太田さんは決して卑猥な理由で女子の下着を盗んだのではないと私に言い出した。ただ大きな翼を作るのに必要な“材料”であったというのだ。

「そんなに欲しいなら、新しいの買ってくれば良かったんじゃないですか、ブラジャー」

「違うんだ、新しいのじゃないんだ!なんかしっくりこないんだよ…」

「あなたのブリーフでも良かったのでは?」

「それはいけない。この翼が広がらなくなる」

「なるほど、ただの変態なんですね」

「認めようではないか、例え変態呼ばわりされても、私はこの翼で空を飛べるなら何だっていい」

「翼?ただ木の枠組みに下着を広げただけじゃないですか⁉︎」

「君には分からないのか!これこそが最強の動力源なのだ」

「全くもって分かりません!もういいです」

私はその日限りで、太田さんとの縁は完全に切ろうと決心した。



来たる七月二十一日。

下着泥棒事件の波がやや引いてきた時期であったが、再度学校を大荒れにするような出来事が起きた。

太田さんが校庭で翼による試験飛行を行ったのである。実際これは私も見ていた。

六限の物理の時間であったが、窓際の席の私は、ふと窓を見ると得体の知れない謎めいた人影があり、その影に対して実際に先生に注意されても気付かないくらい見入ってしまっていた。問題だったのが、その翼が例の下着で出来ていたことが露呈された事である。即ち太田さんが有罪である事は確定した。

六限終了後、太田さんはまだ校庭で試験飛行を行なっていた。生徒達はこぞって校庭に押し寄せ、七限開始のチャイムも無視して太田さんに注目した。先生ですら、彼の阿保ぶりに関心を寄せていた。

生徒会は高校女子の会と共に緊急会合を開き、即決で太田さんの処分を決定した。地下二階の格納庫で、すかさず対空車輌に弾薬を装填して、シェルターから地上に降臨した。その数四。

「生徒会である、太田成美許すまじ!」

「仰角三十六度、撃てーー!」

指揮統率は生徒会長である。普段から固い性格で周囲から除け者にされがちであり、何より黒縁の四角眼鏡をかけた姿は優等生のオーラを存分に放っていた。尚実際はクラスで三十七位の成績であり、人は見かけによらぬものだなと改めて思う、悪い意味で。

「我ら高校女子の会、太田成美を成敗してくれる!下着を盗んだのは勿論のこと、それを翼の材料になど……うぅぁあそこの私の下着を返せ!」

部下達を引き連れて屋上から泣き叫んでいるのは、高校女子の会代表の一年五組の学級会長である。美貌で才色兼備であると評判だが、今回の一件で彼女の心の底を見た気がした。

かくして校庭はお祭り騒ぎとなり、老若男女問わず暴れに暴れ、学校側も頼みの生徒会があの様子ではどうしようもないと早々に諦めた様子であった。そしてなんと先生方が、生徒達よりも先に続々と帰路についた。向こう側から聞こえる爆発音は祝砲であるのか?いや間違ってはならない、太田さんを本気で殺しにかかった生徒会の最終兵器が一斉に火を吹き始めたのである。

太田さんは空を華麗に舞い対空砲をヒラリヒラリと避け、飄々とした様子で住宅の方へと飛んで行った。私はすかさずそれを追いかけた。生徒会も校則なんて糞食らえの精神で対空車輌を公道へと推し進めた。キャタピラが付いており、移動しながら発砲できるという最新鋭の対空車輌を、わざわざこんな不毛な理由で総動員する生徒会も、いわゆる阿保なのだろう。


太田さんが対空砲火をかわす度に下着が空に放たれ、地に落ちていった。それを男達は格安バーゲンセールの如く猛烈な勢いで、時には血を流し鼻を折り顔を腫らしてまで奪い合いをした。

このように、「下着バーゲンセール」が行われる度に太田さんは高度を保てなくなり、動きも鈍くなっていった。そして私の目の前で対空砲火を喰らい、地に墜落していった。

「太田さんが危ない!」

私は太田さんの元へと駆けた。

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