第一章 スーパータワシくん
王の宣言から一夜が明けた。
疲れて眠る前に、小さな楽しみでもある銀のカードを捲ったヨルなのだが……。
これが奇跡的なのか、はたまたそれが現実的なのか、捲ったカードはやはりスーパータワシだった。
いらいらしたヨルが、スーパータワシを部屋内でおもむろに投げつけると、それは壁に当たり予期せぬ方向へ跳ね返った。
言うまでもないのだが、背伸びの運動をしていたお師匠様の頭に直撃した。
「ふふふ。 ヨル様。 お昼のお食事ができましたのでこちらへ」
アルミに呼ばれたヨルがテーブルに座ると、少し違った印象を受けた。 そこには、豆五個とキャベツの千切りが添えられていたのだ。
「アルミさん――。 た、食べづらいトッピングですよねこれ――」
おそらく、前日の王の宣言に対しての労いによるものだろうと判断したのだが、納得はしなかった。
豆とキャベツを頬張ると、ヨルは一人バルコニーに立った。
「ふふふ。 お師匠様、ヨル様のあの物言わぬ楽しげな振る舞い。 健気だと思いませんか? 」
不意に問われたお師匠様だったが、スーパータワシの件を忘れてはいなかった。
「ふん。 知らんわい、ぶつぶつぶつぶつ――」
しかし、顔つきが徐々に和らぎ、お師匠様が語り始めた。
「待て。 ワシは小一時間以上も語らんからのお! ふむう。 ヨルとは所詮十日も経っとらん間柄じゃが、応援してあげたくはなるのお。 それに、口数も多いとは思えん性格じゃて、守ってやりたいその笑顔つう感じじゃのお。 ふぉふぉふぉ」
そう語り終わると、そそくさと脱初心者お風呂セットを手に持ち、一人長湯へと出かけた。
ただ一人、何かを待つその少女の後ろ姿に、アルミは心配と期待の気持ちを寄せた。
「ううん。 どうして人が増えないのだろう。 ううん」
腕を組んだまま下向き加減でそう呟き、何となく廃城目の前を横たわる畦道の左側を、目を細くしてヨルが見つめていた。
少し時が経過しただろうか、どうやら何かを発見した。 大はしゃぎでアルミに手振り素振り付きで伝えたのだ。
そして、二人が導き出した答えが一つあった。
それは、人だった。
廃城バルコニーから見た左側の畦道を進む、その一団らしきその人達は、魚人商忍ではないことだけを祈った。
「あのお。 忍じゃないっギョ。 人ッギョ! ガクシ」……らしいです。
アルミは手早く食事の用意を始め、ヨルにはお師匠様と班長に伝える事を助言した。
お師匠様は温泉に居るのを知っていたので、大急ぎで屋上へ向かい、大慌てで扉を開いた。
そこには素っ裸で、しかも仁王立ちで湯気を楽しむお師匠様が居た。
「こらああああっ! お師匠様っ!」
ヨルの悪ノリが過ぎた。 あまりの驚きに白目を向いたまま、お師匠様は湯に沈んでいった。
だが、……そうしても居られなかった。
最も肝心な人物、班長を探さなければならなかった。
急ぎ廃城内を駈けずり回ったが、やはり班長を見つけることは叶わなかった。 普段から共に行動を取らず、ふらりと現れる事をヨルも悩んではいたのだが、こんなに見つけられないとは予想もしていなかった。
嫌でも時間だけが過ぎ、その一団が廃城前に到着していた。
「たのもおおおおう!」
その声は廃城内にまで大きく響いた。
料理をしながら手に持っていた来訪に備える料理本第二巻が、アルミの手からすり落ちる程に。
ヨルは大手門内側に居た。 その大手門を開くと、廃城内に入る事が出来る。
そして、ヨルは深く焦った。 聞こえたその声にではなく、内容にだった。
「あっあのお――。 道場破りの方々ですかっ?」
門を挟んでヨルが確かめた。 がっ、返事は無かった。 しかし、門を挟まない物凄く近くから何者かがヨルに声を掛けた。
「その方。 妾を馬鹿にしておるのか。 門からではなく、壊れた城壁から入れと?」
ズキリと驚いたヨルが門ではなく左側を見た、そこには水色の髪、水色の瞳をした、可愛らしい小さな女の子が、顔だけを壊れた城壁の隙間から出し覗き込んでいた。
ヨルは忘れていた。
確かに門に不備は無く、美しいまであったのだが、その門と連なる城壁は散々たる状態だった事を。 少し赤面したのだが、渋々門を開ける事にした。
この門を開ける作業は少々手慣れたものだった。 毎日森と川に出かける度、一人で開け閉めをしていたからだ。 その手際の良さに、来訪した一団も口々に褒め始めていた。
「ご苦労。 妾を新王の元へ連れ去るがよいぞ。 はよ連れ去れ」
「いやいや。 僕盗賊さんじゃないのですけど……トホホ」
言われるが儘に、その幼い女の子を部屋へと案内を始めた。
部屋のある三階まで、無言を貫こうとしていたのだが、その無言が気に食わなかったのか、女の子の後ろに隠れながら付き従う茶色髪の男の子がいきなり言葉を発した。
「たのもおおおおう!」
「たのまれますっ! たのまれますっ! すいませんっ!」
ヨルは思わず謝ってしまったが、そのおかげか肩の緊張が解けていた。
三人が三階の部屋の前に着くには、そう時間は掛からなかった。
扉を開けると、そこにはいつもの部屋ではなく、来客用に染まった洋風の部屋があった。
だが……またしても見てしまった。
見慣れないテーブルやイスに、脱来訪に備える心得セットのタグがひらひらと翻っていたことを。
部屋をきょろきょろと見終わると、水色の髪の女の子が腕を組み前に一歩進み出た。
「うむ。 苦しくはないぞ。 メイドと門番は下がってよい。 妾はこのまま新王をここで待つ」
少しほっぺを丸く赤く染めた自信に満ちたその女の子に、アルミが進言をした。
「ふふふ。 妾さんの目の前に居られる女の子が新王ヨル様ですよ。 ふふふ」
ヨルは少し目線を横にずらしながら照れてみせた。