第一章 決戦は朝始まる
班長との出会いから夜が明け、目覚めの悪い朝を迎えた。
「いらいら――。 いらいらするのお! いらいらするのお!」
目覚めとは気分良く起きたいものだ。 いきなり目の前にぷんすかしたお師匠様がうろうろしていたらそれはもう堪らない。 アルミの姿も近くにはなく、既に朝食の用意などをしているらしい。
「ふわあ。 むにゃむにゃ。 お師匠様……何をそんなにいらいらしているのです? 鬱陶しいんですけど――」
「ワシは――! 昨日の夜から一睡もじゃな――むにゃむにゃ。 ぐー」
「寝たああああっ! 立ったまま寝たああああっ!」
初めて立ったまま寝た人を見た。 小さな奇跡がここにあった。
お師匠様と班長の会話をヨルが知るはずもなく、その怒りが何に対してのものなのか検討も付かなかった。
「あっヨル様起きられたのですね。 朝食のご用意はテーブルの上に出来ておりますので。 ふふふ」
朝食。
それは一日の始まりを意味する。 だが、ヨルにとっては微塵の楽しみも無かった。 食事に格差社会が存在しており、ヨルだけ豆五個という呪いがかけられているからだ。 そして、恐る恐るテーブルへと進むのだが、全くもって足が進まない。
しかし、テーブルは無情にも近づいてくるのだ。
そして……ヨルは見た、テーブルの上に置かれた白い皿の上を。
「豆五個半かああああいっ!」
ヨルの渾身の一撃にも完全スルーで返すアルミに、さすがのヨルも肩を落とした。
すると、何やらステーキ風の匂いが部屋を包みだした。
ミニキッチンの前でアルミが何かをしているのは見えてはいたが、まさかこの匂いを醸し出す作業をしているとは夢にも思わなかった。 ヨダレが出そうなのを我慢しながらこちらに運ばれるのかを、ヨルは楽しみにしながら待っていた。
「ふふふ。 お師匠様朝食が出来ましたです」
「やっぱりねええええっ!」
アルミが運んだ朝食を、お師匠様が食べ始めた。 辺り一面に醸し出すその甘い何かにヨルは自然とヨダレが出ていた。
「ス……テーキ……。 すってき……じゅる」
知らない間に備え付けられた、その簡易折りたたみテーブルと椅子に座ったお師匠様が、背中越しほんの少しヨルの顔をぬらりと見てきた。
「――焼肉ですから――」
ヨルは忘れていた。
昨日のわだかまりが晴れていないことを。
物凄く悪い顔つきでさらに追い打ちをかけてきた。
「ヨルよお。 その豆に――このタレかけるううううっ?」
ヨルの心に何かが芽生えた。
それは、この先一生消えない何かになるとヨルは確信し、両拳を強く握り絞めた。
同時にヨルの口から白い魂の様な物がふわりと出ていた。
そうこうしていると、班長が部屋の前に立っていた。 入り口の扉の前で、アルミに入るよう手招きされているが一向に入ってくる様子がなかった。 困った顔のアルミがヨルの耳元で囁いた。
理由は如何なる事態であろうと、王の許可がない以上部屋に入ることはできないとのことだった。 そして、部屋に入ることを許可すると、ゆるりと班長が部屋の中へ歩みだした。
「おはようございます。 何やら朝から楽しげなご様子。 私も朝の食をご一緒させて頂きましょう」
そう言って、班長は羽扇をゆらゆらと揺らしながら、アルミの料理をしばし待った。
昨日の今日とはいえ、班長との出会いは衝撃だったことを忘れるはずもなく。 ヨルはちらりと班長の薄く開いた眼を見つめていた。
「はい。 班長さん。 朝食をどうぞです。 ふふふ」
今の今まで不貞腐れていたお師匠様の顔にどぎつい笑みが生まれた。 もちろんそれはお師匠様の簡易テーブル椅子に座ったのが運の尽き、運ばれた料理に対しての笑みなのはヨルも即座に理解できた。
班長が、運ばれた料理に対し、少し悩んでからアルミの顔を探し問い掛けた。
「仙豆――ですか?」