第一章 思惑
不快傷跡を残し森を後にした。 廃城三階の部屋に戻ったヨルは、腕を組みながら頗る悩んでいた。
「何をお悩みなのです? ヨル様」
何かを察したアルミがヨルに声をかけた。
「ううん。 なんでもないよ――。 アルミさんありがとう――」
明らかに何かを悩んでいるのは明白だったが、アルミも深くは聞かなかった。 いきなりどこかも解らない世界に飛ばされ、王になれと言われたのだから、その心を察してあげるのも秘書の役目なのである。
すると、ふらっとお師匠様が部屋に訪れた。
「おうおう、ヨルとアルミよ。 風呂と洗濯板の修理が終わったでのお。 いつでも風呂と洗濯は出来るでのお。 二十四時間好きなときに入るがよいぞ。 場所は屋上じゃて、温泉じゃてのお。 じゃが風呂はひと――時間を――のお」
話しの終わりを十分に伝え切らずにさっさとどこかへ行ってしまった。 非常に重要な部分だったような気がしなくもなかったが……ヨルとアルミは一緒に温泉に入ることにした。
教えられた場所が屋上とのことなので、二人でてくてくと屋上を目指した。
屋上はどうやら廃城五階の屋根にあるらしく、辿り着くまでに時間は然程掛からなかったが、昼前に見た廃城内部とは思えない程、隅々まで掃除がされていた。
ふと、アルミの腕に抱かれた物をヨルは見た。
「お風呂セットまで脱初心者あるんかああああっい!」
「ふふふ。 通販は侮れませんよ? ちなみにヨル様のお着替えする服や下着も全部脱初心者セットです。 ふふふ」
ヨルは突っ込まなかった。 えらいぞヨル。 憎いぞヨル。
「ヒューヒューフー――」
おいこの。 ヨル突っ込めよ。 おい。 人成らざる者の言葉まで流すことを決めたのであった。
すると、目の前に大きめの扉が姿を表した。 おそらくこの扉の奥が屋上であり、温泉なのだろうとヨルとアルミは確信した。
ギーッ!
扉をヨルが開けると、目の前には小さな部屋が存在した。 ふと見るとお着替えはここでお願いしますと書かれており、ヨルとアルミは衣服を脱ぎ綺麗に畳んで無造作に置かれた籠に入れた。 さらに、入浴はこちらと書かれた引き戸を開けると、勢いよく湯けむりが二人の体を包んだ。 日の夕暮れを迎え入れるには、十分なだけの贅沢がそこに広がっていたのであった。
「ヨル様。 掛け湯をいたしましょう。 こちらへ」
アルミの誘いに答え、お湯を体全体に掛けてもらった。 ほんのり熱いお湯に心が踊ったが、その勢いのまま湯に浸かった。 アルミも掛け湯を済ませ、ヨルの隣で湯を楽しみ始めた。
「これが本当に夢の世界だなんて――僕は――やっぱり信じられないかも――」
「ふふふ。 それでいいのです。 信じれば重圧で重くなりますし、信じずに事を成せればそれはそれで楽でしょうし――現在は不自由ですが――お好きにご自由におやりください。 ふふふ」
アルミの言葉に幾分か勇気にも似た何かを貰った気がした。
「軽い気持ちで王様生活――か。 やってみようかな――天下統一」
「はい。 全ての者達の夢を――叶えてあげてください――。 それは同時に、あなたの――」
何かをアルミは言葉に含んだが、それを吐き出すのを止めた。 重圧を与える事に成り得たからだった。
しかし、この温泉での小さな決意が、ヨルを大きく前進させることになっていく。 それは水を得た魚人商人の如く。
「いや。 それ魚ッギョ? 魚っギョ? ガクシ」……らしいです。
時は夢の世界にして夢の大陸。 約束された幾万の兵達との出会い。
やがて、一人の少女が天下に飛翔する。 この時、まだそれを誰も知らなかった。
ある一人を除いては――。
「ああああっええ湯じゃったわい――。 あ? お前達――。 ワシが先に入っとったんじゃぞお! むむう! お前達裸――たゆんたゆ――」
コンボが発動した。
言葉の間髪さえ与えなかった。 アルミが大きく振りかぶった大ピコハンが、お師匠様の頭目掛けて振り下ろされた。 同時に、ヨルの繰り出した拳の三連撃も腹部に命中した。
沈みゆく夕日とは美しきもの、そしてお師匠様も湯中に沈んでいった。
「ふご――ぶくぶく――。 ピコ――どこから出し――ぶくぶく」
ヨルとアルミは部屋へと無事戻り、新たなカードを捲る用意を始めたのであった。
真の兵を求めて。