第一章 思惑
慌ただしく過ぎ去った王様生活初日を終えたヨルであった……。
実はお師匠様とアルミに、深夜遅くまで王の何たるやを聞かされ、ヨルがベッドに転がれたのは、日が昇る朝方近くだった……。
「ヨル様――朝ですよお。 起きてくださあい」
「――寝たのさっきですからああああっ!」
そう、王は朝からお仕事開始なのである……。
王の実務初日とあってか、小緊張顔のアルミだけがあくせくと朝食を用意していた。
寝ぼけ眼、いや違う。 あまり寝ていない眼でヨルが嫌々起き上がり一言呟いた。
「朝ごはんまだああああっ?」
聞いたことがあるフレーズである。
アルミが用意した朝食がテーブルに並ぶ。 ヨルは朝食に一抹の不安を覚えることもなく、テーブルの椅子に腰掛けた。 そして、お皿の上にある何かについて尋ねた。
「――仙豆ですか?」
なんと、皿の上には五粒の豆らしきものだけが盛られていたのだ……。
「ふふふ。 そんな超元気になる豆はここにはありませんです――」
時が止まっている世界とのことなのだが、ヨルは口をポカーンとしたまま二重に時が止まった。
説明しよう。
時が止まった世界については、朝まで生王様勉強の際に教えられた不思議の一つでもある。 あまり深く突っ込まなかったせいか、さり気なく会話が進んでしまい、ヨル自身時の刻みに対してやはり知恵は深くなかった……。
そしてこの朝に至り、よもや十二歳の食べ盛りの少女が、豆五粒で喜ぶはずもなく……アルミに豆五粒の理由をきつく問い質した。
「うーん――理由は――お城に名前もなく、城下町もないからなのです――現在は廃城ですが、お城の眼前には大きく森が広がり森奥には大きな川が流れています。 ここに王が誕生したことを宣言し――他国からの住民誘致が成功さえすれば――」
つまりこうだ。 住民が一人も居ない、衣食住の根本的なシステムが存在していなかったという理由だった。 細かい事を気にしないヨルは、任せなさいとばかりにちっちゃな右胸を右手で叩いて見せたが、アルミは首を横に振った。
「単純な事ではないのです――宣言をすれば確実に住民が増え、税金も貰えてありがたいのですが、同時に危険でもあるのです――」
「危険って――?」
「はい。 この世界にはヨル様の知らないたくさんの王様が既に相当な数居られます。 正直な所、私でも把握し切れていないのです――そして、その王様達の耳にも即座に届きます」
「僕が――王の誕生を宣言すると――もしかして――戦争になる?」
アルミは真剣な顔付きのまま頷いた。 勘の鋭いヨルは本をジワリと見つめた……。 最低限戦える戦力が整うまで、宣言は控えるべきなのだろうことも肌で感じた。 不安に駆られる余裕もないまま朝食の豆を頬張り、ヨルは気になっていた城内の探索にアルミと向かうことにした。
城内は至る所が老朽化しており、埃も目立つ有様だった。
すると、一際ヨルの目を引いた小汚い部屋があったのだが、アルミに軽く静止され扉を開けるまでには至らなかった。 しかし廃城という肩書は侮れない。 本当に物一つ無く、さらには入れる部屋さえ無いに等しかった。
一通り見終わり部屋に戻ったヨルが抱いた城内の印象は、お金になる物は全く無いという事実だった。
「はあ――豆――豆――嫌だ――僕は豆――」
一人譫言を奏でるヨルを尻目に、アルミは上司でもあるお師匠様に朝食を用意し、運び始めたのだが……ヨルは見てはいけない朝食達を見てしまった……。
そこには。
焼き鳥達。 ご飯粒達。 お味噌汁ズ。 サラダズ……。
「食材有るんだよね。 ね。 ね! 有るんだよねっ!」
ヨルの突っ込みに一分の振り向きも見せず、アルミは運んで行ってしまった。
無情である。
しかし、この程度ではヨルは挫けなかった。 強いぞヨル。 がんばるぞヨル。
「うるさいですからっ! うるさいですからああああっ!」
よもや……人成らざる何者かの声にまで、返事をしてしまうヨルであった……。
そして、一人ベッドに横たわったヨルの頭の中には一欠片の寂しさが生まれていた。
「戦――争――か――」
思わず出てしまった言葉。
この言葉の重みを知るには若すぎ、現代に生きる者にはピンと来るはずがない言葉だった。
だが、直面するかもしれない現実に、一抹の不安を感じずには居られないはずだったが、そんな不安よりもヨルの探究心の方が上回っていた。
ヨルは気になっていた廃城のすぐ前に広がる森へ一人で散歩に出掛けることにした。
壊れかけの大手門から出ていきなり迫力ある森が広がりヨルの心を圧倒した。
その理由は、美しい木々達とこちらを見ている動物達の健気さに心を奪われたからだ。
木々の葉の隙間から差し込む檸檬色の閃光に目を細め、その自然の芸術に感嘆した。
「都会に住んで居るからかな――こんな自然見たことがないな――」
事実、ヨルが住んでいる現実世界では見渡す限りビル群が立ち並び、自然とは無縁だった。
すると、一匹の野兎がヨルに近寄りたがっているのを見つけた。 その野兎は恐る恐るヨルの足元まで近づくと手に持っていた何かを、ヨルに差し出した。 野兎は、その何かをヨルに手渡すと、森の中へ消えて行った。 何一つ疑うこともなく、その何かに目を向けた……。
「豆っやああああん!」