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夢裡ですって!  作者: MEGUMI
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第一章 僕

 アルミが身構える余裕も与えなかった。

 だが、この質問が全ての始まりであり、全ての終わりを知る事になることは解っていた……。 アルミは少しだけヨルに近寄り、優しい笑顔から楽しそうな笑顔に変貌し、小さく息を吸い込んだ。


「――夢の大陸で――天下――取ったらんかああああっい!」

「不思議希望きたああああっ!」


 夢の中だと思っていた現実。

 僕付きの秘書。 

 カードブック。

 王様。 

 天下。 

 可愛らしい笑顔付きの不思議希望。

 

 そして、ヨルは即座にその全てを頭の中でシェイクする……。 導き出された真実は余りにも安っぽく、纏まりのない答えだったのだが、否定の言葉だけは浮かばなかった。

 足の裏を伝うその冷たな感覚。 夢の中とは思えない現実的な空気感。 ヨルは自身の掌を強く見つめ、眠りによる夢ではないことをほぼほぼ理解した。


「て――天下って、あの天下ですか?」


 ヨルの驚いた手振り素振りを見て、アルミはほんのり知ってる知ってるその慌て方笑みを膨らませた。 新王誕生マニュアルの手引きでも事前に読み終えていたかの様に。


「ふふふ。 正にその天下統一です。 ヨル様はこちらの廃城を拠点とし、たくさんの兵士さんを用いて夢の大陸全土を平定していただきたいのです。 もちろん簡単な事ではないのですが――ふふふ」


 よく平然と言ってのけるよこの小娘中身おね……。 ヨルの脳裏に小悪魔秘書官アルミへの恐怖が植え付けられた瞬間だった。

 

「いきなり王様にされたあげく、天下を取れ――っか。 無理だよ――。 僕の兵士さんなんて一人も居ないし――」

「ご心配なく。 ヨル様の剣となる兵士さんは、あちらのベッドの上に置かれたブックから集めることができますので」


 アルミに渡された本のことは忘れていなかった。 事実、本を開こうとするタイミングはあったのだが、上手く新王誕生マニュアルの手引き三ページ辺りに負けた気がしていた。

 そもそもあの無駄に重い本から兵士さんを集めるという意味が解らない。

 実際、かなり高価な本だと一目で解る程の重圧があるのは事実。

 だが、本は本でしかない。

 そうこう悩みながら、アルミの顔をジト目で睨みつけるヨルに、胸元辺りまで伸びた綺麗なブロンドヘアーを左手の人差し指でクルクル輪を作りながら、アルミはカードブックと崩れた英語らしき文字で書かれた本を再度ヨルに手渡した。


「コホン! ヨル様。 本を開いてください」


 素直とはほんの少し無縁のヨルが「うん――」と、返事を返し、表紙と思われる側をひらりと開けて見せた。

 すると、三種類のカードが縦に並び。

 上から金色。 

 中央に銀色。 

 その下には銅色と並んでいた。

 おそらく本物の貴金属で造られたカードだと一目でわかった。

 ここまでの流れを確認すると、アルミはコソコソとスカートの右ポケットに、新王誕生マニュアルの手引きをしまい込んだ。


「あった――手引きあった――手び――」


 期待に顔を膨らませたアルミが説明に入る。


「その、三種類のカードこそ私達がいう兵士さんです。 一番上の金のカードは高価な通貨が必要で――現在のヨル様には捲ることができません。 一番下の銅のカードも同じく低価とはいえ通貨が必要でして――以下同文なのです。 ――ヨル様が捲るカードは――中央にある銀のカードとなります。 もちろん銀のカードも同じく通貨で捲ることもできるのですが、銀のカードのみ一日一度だけ無課――いえいえ無料で捲ることが許されています。 大人の事情といいますか――お察しください。 ふふふ」


 説明を聞き終えたヨルは心の中で一旦整理をした。

 カードの内容は理解したのだが、捲るのが一日一度であったり、大陸の平定であったり、実の世界にいつ帰れるのかが気になりはじめた。 夢なら醒めればいいだけの話で、もし、本当に夢ではなく別の世界での新たな生活を余儀なくされているのであれば、平然としては居られない。 聞くも恐怖、聞かされるも恐怖とは正にこの状況であった。


「ヨル様――どうかなされましたか?」


 小疑問顔で問われたところでヨルも返答に困る。 答えを知りたいなんて口が裂けても言えない。 負けん気の強さと、お笑い番組の録画だけは欠かしたことがないのだから。


「もうなんでもこおおおおっい!」


 ヨルが大きな声で叫びを上げ、その勢いのまま銀のカードに手をかけようとした……。


 その瞬間。

 

 廃城に小さな地震が起きた。 物が落ちたり壊れたりする心配はなさそうだった。

 そもそも廃城、壊れて困る物といえばこの部屋にある湯沸かしポットくらいなものだ。

 おそらく、このポットはこの廃城における生命線だろう。

 そして、まったく地震に動じもしないアルミを横目に、ヨルはしわくちゃなざらざらシーツが敷かれたベッドに横たわった。 

 ほどなく地震の揺れも収まり、平穏な時がやってきた。 時を同じくして、外ではポツルポツルと雨が振り始めた。


「小さな地震でしたが気を取り直しましょう、では――そろそろカードを捲り――」


 アルミの言葉を何かが遮った。

 辺りを見回すアルミに釣られヨルも気にかける。 確かに何かの気配を感じる……バルコニー側ではなく、この部屋への入り口の扉の向こう側からだと頭で感じた。 同時に、アルミも入り口に的を絞ったらしく、ちっちゃな胸元から桃色のこれまたちっちゃな杖を出してきた。

 もしかして……戦闘のある世界なのかとヨルは心に問い合わせる。

 いきなりの緊張感に、心臓がどうにかなりそうになる。

 その時、扉は開いた。

 ギーッ――バッタン。

  

「あっ! どうも! 通リすがりの小粋な魚人商人っギョ。 おひかえなすってっギョ!」


 死んだ。

 小粋な魚人商人死んだ。

 言葉と同じくしてアルミの杖から放たれた何かで、小粋な魚人商人が燃えて小逝きなされた。 ヨルもアルミも口をポカンとしたまま時が止まった。 

 暗黙の了解を信じますか? はい、私達は信じています。 ひたひたひたと、ひた隠す事をたった二人で取り決めた事を。  後にアルミは「あれは――恐ろしい――事故だったのです」と、夢新聞に語っている。


「ココホン! いいですね、何もなかった――何も――。 さっ、さっ、心機一転銀のカードを捲りましょう! ココホンココホン」

「おっおおおおう――!」


 二人で小さく右手を天に突き上げた……小さく物凄く小さく。

 小さな地震の後、本は無作為にカードのページを開いていた。 ヨルは本の前に立ち、ほんのり息を浅く吐き出した。 

 すると、頭の中が静かな湖の畔を感じ始め、ヨルの右手が銀のカードに触れそうになる……。


「シルバーカード捲っちゃうぞおおおおっ! いええええっい!」


 またしてもカードに手が届くタイミングで、アルミがちゃちゃを入れてきた……。

 今回は右目を右手のピースサインで覆い、ペロっと舌を上に出している。 そのセリフとその動作必要なのかと、小一時間問い詰めたかったが、あえてヨルは流した。 おそらくこれから毎日銀のカードに触れる時、この流れが続くだろうことは容易に想像できた。 

 ちらっとアルミを見てみると同じポーズのまま待機しているのが確認できたので、あえてこのまま捲らずに居てやろうかとも思ったが、流行りのパワハラ宣告されても困るので、銀のカードを捲ることにした。 実はアルミもカードを捲る瞬間に立ち会った事がないのだ。 ヨルよりもアルミの方が緊張感が増していた。

 

 そして、とうとうカードを捲るその時が来た……。

 ヨルの細く繊細な指先が銀のカードに触れた……。

 すると、銀のカードがゆるりと浮かび上がり、瞬く間に部屋中が虹色の発光に染まった……。   

 ……部屋中に広がったその虹色の発光が、音も無く中央辺りに結集し始める……。

 それと同時に人影が薄く現れ、色味が増し始めた……。 


「ターンオーバー――ワシを――呼び出すとは何たることっ――馬鹿者共がああああっ!」


 初めてのカードの兵士との出会い、それは……お叱りだった。

 

 驚いたヨルとアルミは、口をポカーンとしたまま突っ立ってしまった。

 あまりの発光と、あまりのお叱りに唖然を通り越してしまったのだ。


「しかし――ワシをよく引き当てたのお。 ゴホゴホ! アルミよ、ヨルの手助けは上手くできておるのかのお?」

 

 アルミは腰を抜かしていた。 現れたのはヨルと歳を同じくした、長髪白髪の痩身の美少年だった。 白いロングの衣を纏ったその少年は、得体の知れないオーラを発していた。


「答えんかアルミよ。 できておるのかと聞いておる!」

「も! もちろん――ううううっ上手くできておりますっ――お師匠様!」


 アルミは顔を真っ赤にし肩をカタカタ震わせていた。 

 アルミにお師匠様と呼ばれた少年はヨルを深く見つめた。 ヨルの全身を、上から下と見回した後、優しげな笑顔に変貌した。

 

「ふむう。 人間の女人には厳しい世界かもしれぬ。 男共の理想の王を壊すのもまた予想を覆す楽しみもあるというものじゃて。 女人だからと蔑まず、女人ならではの発想で戦い抜くがよい。 手助けは――立場上出来ぬが助言だけはしてやるでのお」


 お師匠様の言葉に聞き耳を立てていたアルミが、不思議そうにヨルの全身を見つめた……。 


「――えっ! えっ――女の子――だったのですかああああっ!」


 驚き戸惑うアルミに、ヨルがジト目で見つめ返したのであった……。

 そして、急激に先の見えない物語が動き始めた。 まるで、存在を忘れ去られた小粋な魚人商品の様に「あのお――商品じゃないっギョ! 商人っギョ! ガクシ」……らしいです。


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