第一章 持たざる者から持つべき者へ
班長の瞳には、ヨルの目だけが映り込んでいた。 張り詰めた空気、それは誰かから発せられた気の様なものなのだろう、その気に飲まれた者だけが感じる特別な何か。 その何かに、部屋に居た皆があてられていた。
ヨルだけを……除いて。
生えていない髭をなぞりながら、前に歩み出たのはやはりお師匠様だった。
「ふむう。 何があったかは知らんが、その心変わり様いささか腑に落ちん。 ヨルよお前さん何を知った? ふむう。 この世界の出来事は、いわばゲームじゃ。 そこに居るイチゴの小娘にもいえる事じゃが――戦わずとも勝ちを得る事も出来る世界なのじゃ。 イチゴの小娘は頭がキレよるわい、ヨルよ。 天下を目指すと決めたのならワシらは何も言わん。 最後まで見てやるぞい」
お師匠様からの激励に、アルミも深く頷いた。
しかし、問題は山積みである。
兵士も居らず。
食料もないはず。
そして、城に名前も無く廃城。
有志でも集まるならばそう悩む事ではないのかもしれないが、王の宣言後日もそうそう経っておらず、住民さえ来ない有様を知ってのこの判断に、アルミだけは少なからず心を痛めていた。
だが、班長だけは違っていた。
「申し上げます。 私は一介の兵ではございますが、命令に背くことはございません。 何なりとお申し付けください」
班長がそう言うと、ヨルが小さな胸に右手を当てた。
「小さなは余計なんですけどっ――。 うん! 班長。 お客さんでもある、イチゴさんのお城は何が有っても奪わない。 だから――その他のお城を全部奪う用意を始めて欲しい」
イチゴの小娘ことイチゴ女王は安堵した。 元々ヨルの願いを聞き出し、同じ願いに等しいならば共に天下統一を目指すべきだと打ち明ける為に来ていたのだ。
だが、その答えをまだ聞けていない。 イチゴの心の中は複雑だった。
そんなイチゴを見かねてか、ヨルが涼やかな顔付きで言葉を掛けた。
「イチゴさん。 僕の願いは多分イチゴさんと同じじゃないかな――だって、同じじゃなきゃおかしいよ――僕達――現実世界で――もう、死んでいるんだから」
お師匠様とアルミの顔に暗みが強く入り込んだ。
その理由は、夢の世界が死者の世界だと、ヨルが知ってしまった事にだった。
この流れでいうと、イチゴも既に現実世界で何らかの理由で死を体験した者なのが明白となった。
「うむ――。 妾はお主達が見たままの幼き子供じゃ。 父上が治めておった城が攻められてな――知らぬ兵士の槍が妾の体を貫きおった。 ふっ――その兵、女の子供を殺した罰を己に与えんが為に自決したのじゃ――。 何の因果か、妾が初めて捲った銀のカードで現れよった。 それ以来、妾の側を離れぬ真の武士。 これも、この世界無くば知り得ぬ事だったな」
イチゴが言うその武士とは、門の前で叫んでいた、あの茶色髪の男の子がその武士だった。
ここまでの会話を聞き終えた班長が前へ歩み出た。
「そろそろカードを捲るお時間が来ましょう。 イチゴ様もあの本をお持ちでしょう。 是非時を同じくしてカード捲ればよろしかろうと存じます――さらに付け加えます。 ヨル様と、イチゴ様両家で盟約を結び共に天下を目指すべきでございましょう。 これも天運です」
班長の巧みな計らいで、ここにヨルとイチゴの同盟締結が成った。
照れ合いながらも固く二人が手を取り合うのを、皆が見守った。
そして。
ヨルのカードブックと、イチゴが大事に持参していたカードブックがテーブルに並んだ。
ヨルとイチゴの細く繊細な指先が銀のカードに触れた。
銀のカードがゆるりと浮かび上がり、瞬く間に部屋中が虹色の発光に染まる……。 部屋中に広がった虹色の発光が音も無く中央辺りに結集し始め……それと同時に人影が薄く現れ色味が増し始めた……。
「ターンオーバー。 ありがとっヨルちゃん! うちはタロー! がんばるぞ!」
「ターンオーバー。 ありりーイチゴたん! うちはカルポー! が――あれれ?」
同時に呼び出したその小さな女の子達は、お互いを驚くかの様子で見つめ合っていた。
がっ。
その時!
『うちら姉妹で出ちゃったああああっ!』
その小さな女の子達は――どうやら姉妹であった。