第一章 道知るべ
大事の後には必ず平穏が訪れるもの。 名も無き廃城にも、その平穏がしばし訪れていた。
アルミはイチゴ女王を廃城外へ連れ出し、班長は行方不明、お師匠様は庭駆けずり回っていた。
「ワシゃイヌかっ!」
当の本人ヨルはというと、一つ一つの質問に答える答えを持たない自分にほとほと参っていた。
いつも逃げる様に出向いてしまう森へ、やはり来てしまった。
ヨルの不安気な顔付きに、野ウサギ達も困り果てた。
「――君達野ウサギは、僕に何か願いはあるのかな?」
優しい笑顔でヨルが野ウサギAに語り掛けた、もちろん返答があるはずがないのは解っていたが、聞かずには居られなかった。
「無いで」
「そうだよね――無いよね、あるわけな――喋れるんかああああいっ!」
さすが夢の世界、野ウサギAは話せた。 話せたのだ!
「えらい驚いてんな。 自分あれやろ、俺の事ウサギや思ってんやろ。 ちゃうで、ラビットやで」
意味同じだよと突っ込みたくなるその衝動を抑えた、抑えなくてはやっていけそうにないと思えたからだ、それもそのはず野ウサギAではなくラビットAだったのだから。
「いや――そこ? そこなの? ねー!」
しかし、ヨルは嬉しくなった、誰かと話せるという事に。
事実この夢の世界に来てからというもの、そのほとんどの時間を森と川でヨルは過ごしていた。
ただただ川の流れに身を任せるかの様に、しかし夢の世界とはいえ時間の流れは現実世界と何も変わらず、目的を果たす理由もないまま無駄に刻々と時間が過ぎるのを待つのには、異常なまでに暇が苦しかった。 その暇を、もしかすると……この……。
「暇潰し相手には俺らならへんで」
言われた。 ラビットAに言われた。
最も言われてはならない一言を言いやがりやがった。
「そんな――ラビットAさんはそんな――そんなラビットAさんじゃなかったよねっ!」
物凄くジト目でヨルを見つめるラビットAに、温かさは感じられなかった。
だが……。
「なんやえらい今日はしょげてんな? ややこいけど、なんや一個だけ答えたるわ。 言うてみ」
この何故か冷たい言葉に対して、ヨルは涙が溢れた。 冷たいの反対は温かいなのだと、心に染み染みと感じた。 ヨルは藁にも縋る気持ちで、ラビットAに打ち明ける事にした。
「――僕は、この廃城の王になったのだけれど、何の為に王に選ばれ、何の為に天下統一を目指すのか、僕はまったく解らないんだ――」
ここまで語ると、ヨルは下を向いてしまった、見上げる度胸さえ持ち合わせていなかった。
そして、ラビットAはヨルをただただ見つめていた、その目は悲しみさえも満ちている程に。
浅く、浅く息を吸い込み、浅く息を吐き出したラビットAの唇が小さく動きを見せた。
「自分。 現実世界では既に――――。 そやから、この世界で最高の王になって、願いつこて現実世界で――――。 そやないと、もう――理解したやろ、そういう事なんや」
ラビットAの言葉に、ヨルは感覚も言葉も失った。 足が地に着かずふわふわとした状態。
放心状態が続いた、ラビットA達はゆっくりとヨルの目を見つめながら森の奥へと消えて行った。
物語はここから大きく動き始める。
上辺だけの王ではなく、真成る王へと。
ヨルは廃城へ焦る事なく一歩を噛み締め歩いた。
それは、少女が王へと近づくかの様に。
廃城三階に辿り着く頃、部屋にはヨル以外の全員が集まっていた。 しかし、誰もヨルの変貌を知る由もなかった。
部屋の扉は開いており、ヨルは下を向いたまま部屋に入った。
「ヨル様。 おかえりなさいませ。 森の動物達と楽しくお時間を過ごされましたか? ふふふ」
いち早くヨルの姿を見つけたアルミが声を掛けた、だがヨルは軽く頷くだけで事を済ませた。
その虚無感に気づいた班長が羽扇を揺らぐのを止めると、一言言い放った。
「こちらのお嬢さんは、どうやら王のそれとは似ても似つかぬご様子。 私はこの城を――」
何かを言い残そうとした班長だったが、ヨルの目に言葉を遮られた。
そのヨルの目は、正に王の目のそれだった。
「班長。 二度は言わない――。 この僕に――天下を取らせてくれ」
この不躾なまでの物言いに、班長の見開かぬ瞼が開き、その美しい大きな瞳が顔を出していた。