第一章 真実は闇へ
不穏な空気が部屋中を包んでいた。 それはおそらく幼い女の子自身がヨルを門番だと思い、軽い対応をしていた事にほかならなかった。 組んでいた腕を緩め、右手の人差し指だけを上下に揺らしはじめた。
「その方が新王なのか。 ならば何故兵が門を開けぬのだ?」
この質問にはほとほと困った。 真実を伝えれば戦いの火種になるかもしれないからだ。
事実兵が居ないと聞けば、自城に戻り兵を挙げるだろう。 困りに困ったヨルは少し下を見てしまった。
「なんじゃ。 そちらはこの妾を――」
「ははは。 この城の兵士達は皆訓練の為出払っております。 その数二千となりましょうか。 ははは」
あれだけ探して見つからなかった班長がそこに居た。 そして、涼やかなるまでの嘘を付いた。
さすがのヨルもアルミも目を丸くしたが、もっと目を丸くしたのは水色の髪の幼い女の子だった。
「わ、わ、わ、わら、妾には――二千と一人! 兵士がおるからなっ! おるからなっ!」
顔を真っ赤にしたその少女もまた、おそらく嘘を付いていた。
「これは失礼。 私の名は班長。 こちらの王の兵でございます。 お見知りおきを」
班長がその流れで会釈をした。 それを見た水色の髪の幼い女の子がヨルの前に進み出た。
「妾はストロベリー国の王。 イチゴじゃ。 この変な城から一時間程に位置するスイーツ地方の王じゃ」
「変て言われた――変て――」
班長は少し笑っていた、その理由は誰も解らない、だが笑っていた。
「で。 そのイチゴ女王自ら来られたのは、何か事情があるのではございませぬか?」
この質問に、イチゴは悩むこともなくきりりと打ち明けた。
「新王ヨル。 その方、天下を取った暁には何を望む? 妾はそれを聞きに参ったのじゃ」
この質問にさえヨルは困った。 事実いきなり夢の大陸とやらに連れて来られ、さらには皆の為に天下を取れとアルミに言われたのがきっかけだった。 やるからにはやるとは決めたものの、自分自身が望む物も何もなかった。 ただあるといえば、母親の待つ家に帰る事だけだった。 そこには極々自然な考えだけが心にあっただけなのだ。
「私も。 この質問への返答には些か興味がありますが――」
羽扇をゆらゆら揺らしながら、いつもよりも瞳がはっきりと開いていた。
少し額に汗が流れるアルミが、ヨルの側に寄り添う形でヨルの体を抱きしめた。
「イチゴ様。 この質問は王の心の中で育むもの。 無闇に言いふらすものではございません。 是非この質問だけはお取り下げくださいませ」
真剣な顔つきのアルミをものともせず、イチゴが両手で空を強く振り払った。
「ならぬ。 王の願いとは兵の願いでもある。 この願いが相容れなければ兵は剣とならぬ! 申してみよ新王ヨルよ!」
「そこまでじゃあ! 小娘王よ」
イチゴの勢いを丸呑みせんとばかりに、お師匠様が大きな声を上げた。
その声は、廃城外にまで響き渡り、それはもう怒号に近いそれであった。
そして、その場に居たその全員が凍りついた。
「小娘王よ。 お前さんにも願いがあるじゃろう。 そこに居る班長にも願いがあり、お前さんの連れておる用心棒かのお? その者にも願いがあるじゃろう。 じゃがのう、願いとは己が願いだけが願いではないのじゃ。 誰かの為に使う力も願いなのじゃ。 小娘王よ。 お前さんとヨルは、そう歳も離れておらぬじゃろうて、仲よおするがよいぞ。 ふぉふぉふぉ」
と、お師匠様が話し終えると。 顔を赤らめたアルミが、大ピコハンをお師匠様の頭めがけて振り下ろした。
慌てて飛んで来たのだろう、お師匠様は全裸だった。