86 町で待っても待ち人来たらず
「第三層はずいぶんとのどかなのね。」
「ここは夜になると大量のアンデッドが湧くそうです。」
「だから今は芋虫とか蛾みたいな雑魚ばかりなのね。」
私はひたすら草原の中に続く道を歩いている。大した敵もおらず、ただひたすら歩くだけの退屈な道のり。馬車でもあればいいのに。
「見えてきました。リコッテ様、あれがきっと終着の村ですわ。」
サルミアキが遙か先を指さした。確かに何かある。私は生活に困るほどでは無いけれど、視力はそれほど良くはない。けれど動体視力は悪くないので戦闘に支障はない。ただ、遠くのものを識別するのが難しいだけだ。
「まだ、遠いわね。」
「歩くだけでも体力をつけるのには役に立ちます。物事に無駄はありません。」
カンゾウのポジティブシンキングだ。残念ながら、私にとってただ歩くだけなのは憂鬱でしかない。そういえば昔アフタが、馬車よりも速く走る自動車という乗り物の話をしたことがあった。馬のように疲れたりせず、アクセルというものを踏み込むだけで、ずっと走り続けるらしい。そんなものがあるなら乗ってみたい。この状況だと余計にその思いが強くなる。
そしてようやく村の入り口にたどり着いた。既に日が傾き初め、夜が近づいている。このまま夜を待ってアンデッドと戦ってみるのも良いかもしれない。いや、歩き疲れたし、村の宿屋で一泊したい。
ふとカンゾウの方を見ると、何か警戒しているようなそぶりを見せている。
「どうしたの?」
「何者かの視線を感じたのですが・・・。」
「そう? サルミアキは何か感じる?」
「何か違和感はあるのですが、ハッキリとはわかりませんわ。もしかしたら村の監視の仕掛けでも働いているのかもしれません。」
「じゃあ、気にするほどのことでは無いわね。」
カンゾウは警戒しつつ村の入り口の扉に手をかけた。しかし扉は開かない。
「どうしたの? 鍵でもかかってる?」
「いえ、私としたことが。」
カンゾウは扉を押した。するとギギギーっという音を立てて扉が開いた。なるほど、引くのでは無く押す扉らしい。
ここが終着の村・・・。中を進んでいくと色々な建物が建っていて、私の故郷よりも遙かに発展している。村の中央には大きな塔が建てられていて、アレは時計?
そして村では何かの解体作業が行われていた。筋肉隆々の男達が、取り外しと資材の撤去を行っている。あれはもしかして櫓?
「祭りでもあったのかしら?」
「そのような感じですな。」
「おや、新しいお客さんかの。」
突然お爺さんが和やかに話しかけてきた。私の祖父よりも営業スマイルが上手そうだ。
「ご老人、村の宿屋を探しているのだが、心当たりがあれば教えていただきたい。」
「ここはついこの間、町に昇格し今は『始発の町』という名前が付いておる。それと私は宿屋を営んでいるジジイでの。良ければ案内しよう。」
「ではお願いする。それとこの村・・・いや町の料金については知っている。一番良い部屋をこちらのリコッテ様に用意してくれ。」
カンゾウの言葉を聞いた宿屋のお爺さんは口ものと緩めて上機嫌のようだ。故郷の村での利益の半分が私の元へ送られてくるようになっているので、はっきり言ってボッタクリ価格であろうと大した問題は無い。そしてボリハ村の収益は、すでに貴族の荘園並にまでなっているのだ。
「そうそう、宿に泊まるなら浴場の方も利用するといい。」
「ヨクジョー?」
私はついその言葉に反応してしまった。そう言えば私の幼なじみはヨクジョーのアフタなんて通り名が付いていた。
「始発の町の名物の浴場での。お湯と薬草の効能でよく暖まり、あっという間に疲れも吹き飛ぶ。」
「お爺さん、もしかしてアフタって名前に心当たりがありませんか?」
「お嬢さんはアフタ君の知り合いかの? 浴場を作ったのは彼だよ。」
な!? アフタが? 彼はダンジョン踏破が目的でここに来たんじゃ無かったの?
「特に剣聖様のような女性客には人気での。」
剣聖ブレア・・・。ああ、そういうこと。へえ、なるほどね。




