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72 取られる虎

 ようやく終着の村へ戻って来ることが出来た。ライフポーションの効き目が以前より鈍い。多少はマシになったというレベルで身体は相変わらず痛い。もしかして僕の最大ライフ的なものが上がっているせいなのだろうか? 逆に言うと昔の僕なら、締め付けられた時点で死んでいた可能性がある。


 正直途轍もなく疲れた。そして村に戻ってきたところで僕はあることに気づく。わざわざ無理に村に帰還せずとも、怪我が回復するまで箱庭に待避していれば良かったんじゃ無いか?


 ああああぁぁぁぁ、なんで戻ってから気づくぅぅぅぅ?


 ウーナにしがみつき必死に痛みに耐え、ようやくたどり着いたあとにやってくる今更感。なんで先に気がつかなかったんだろう? 結局、村に戻ってきたにもかかわらず箱庭で寝る悲しみ。だってどう考えても、まともなベッドがある箱庭の方が快適なんだもん。僕はライフポーションを追加で飲んで眠ることにした。



 またいつもの夢だ。相変わらずのリコッテ無双が始まるのだろうか? ここはジャングル、第二層だ。


「あの蜘蛛、そこそこ大きいわね。」

「虫はお嫌いですか?」

「そうでも無いわ。特に蜘蛛は益虫だから、村では絶対に殺さなかったわよ。」

「あれは魔物ですので。」

「分かっているわ、倒せば良いんでしょ?」

「糸を飛ばしてきますのでお気をつけください。」

「まったく、誰に言ってるの?」


 リコッテは木にぶら下がっている大蜘蛛に向かって無警戒に近づいていく。さすがに危ないだろう。まあ、いざとなったらあの強そうな侍が何とかするのだろう。


 大蜘蛛はリコッテ認識し、戦闘体勢に入ったようだ。ぶら下がっている状態から素早く落下しつつ糸を吐き出した。糸を絡めた後に一気に食いつきに行くつもりだろう。


 糸はリコッテを完全に捕らえていた。無警戒に歩いていたせいで、杖すら構えていなかったのだ。なんの抵抗も出来ないうちに糸が全身に巻き付いていく。まあ、リコッテは今のうちに痛い目を見て学習した方が良い。どうせ侍が助けに入るだろうし。しかし侍は動かない。まったく助けに行くそぶりが見られない。蜘蛛が一気に距離を詰める。


 え? ちょっと、危ない、あれは危ない。リコッテが大怪我する。助けに入れよ侍!


 侍が動かないまま、大蜘蛛はリコッテに覆い被さる。第二層、今から向かって間に合うか? 僕は必死に眠りから覚めようと頑張った。しかしこの悪夢は続く。いや、これは現実では無い、タダの夢だ。僕は何を焦っているのだろう? 第二層にリコッテがいるはずなど無いのだ。


 あっさりと勝負は決した。大蜘蛛が突然内側に凹んでいくように縮み、そして消失したのだ。リコッテに絡みついていた糸も、霧散するように消えた。何が起こったのかまったく分からない。


「闇の属性魔力を解放しただけで消えちゃうなんて、第二層も駄目ね。全然練習にならないわ。」

「そうですな、第三層のスカルドラゴン辺りなら魔力抵抗を持っているので、しばらくは耐えると思いますが。」

「ねえ、こんなに慎重に進まなくてもいいんじゃない? もうダンジョンには十分慣れたわよ。」

「まあそう言わずにもう少しお付き合いください。次はアレを。」


 侍の指し示す先にいたのは大虎の魔物だ。しかも4匹。火炎放射器を装備した僕でも裸足で逃げ出すレベルだ。


「蜘蛛よりは手応えがありそうね。」


 再びリコッテが魔物の方へ向かって歩いて行く。今度はさすがに杖を構えているようだ。リコッテは自分の身体を光り属性の魔力で覆っていた。どんな効果があるんだろうと思ったのもつかの間、光の帯が発生し、気がつくとリコッテは大虎の一匹の目の前に移動していた。光速移動? どこかの金ピカクロスを纏った戦士かよ。 物理的に考えると一般の物質が光速に達した場合、質量が無限大になって世界もろとも吹き飛びそうな気がするんだけど。アインシュタインもびっくりだ。まあ、本当に光速に達しているわけでは無いんだろうけど。


 リコッテは杖を大虎の顔面に叩き付ける。魔法、使わないの? 大虎の顔面が陥没する。しかしまだ息はあるようだ。僕は魔物に同情した。再び光の帯、そして後に残ったのは頭蓋骨が陥没したと思われる2匹目の大虎。手応えが無いのか、つまらなそうな顔をするリコッテ。


 そして彼女は杖を横に構える。そこへ光が収束していく。彼女はその光ごと杖を振り上げた。突然に光線が天に伸びたかと思うと、途中で屈折し残り2匹の大虎に突き刺さる。空中で角度を変えるレーザービームみたいな魔法、凶悪にもほどがある。魔法を食らった2匹の身体にきれいな通風口が出来た。そして事切れている。なんだこの最終兵器的な人は?


 もしかしてこの最終兵器リコッテは、もうすぐ第三層に降りてくる? リアルすぎてあまりにも怖い。目が覚めたら目の前にリコッテがいるとかだったら、ホラー映画も真っ青だ。僕は確実にパンツを濡らす自信がある。とにかくこの悪夢から抜け出したい。僕は必死に夢が終わるのを願った。


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